ローリング・ストーンズ野郎の雑記 -47ページ目
ローリング・ストーンズ野郎の雑記

お祭り屋サンとしてタイ国内をアッチ行ったりコッチ行ったりしていた頃は常にお世話になっていたリバーサイドのホテルと、バンコク商業地区中心地の和食店。

その2軒にはそれぞれに、なんともダイナミックな年長の日本人女性がキリモリしており、「タイ人の使い方」ではなく、タイの人と共生することをおしえてもらったものでした。
森瑤子の小説の登場人物を彷彿させるホテルウーマンは実家の事情ですでにタイを離れてしまったものの、和食店の女将さんは健在。

業務依頼が絶えて久しい現在でも、消息をたずねる電話をいただいては恐縮することシキリ。
お店に顔を出せば出したで、「ギースさんもいい加減にナニか始めなくちゃダメですよね」と田中真紀子ふうな口調でケツを叩かれて、恐縮することシキリ。

昨晩は幸いにも女将さんは不在でしたw


といっても、海賊版VHSビデオ時代から何度も何度もありがたがって鑑賞してました。

その、マディ・ウォーターズとローリング・ストーンズの夢のセッション「チェーッカーボード・ラウンジ」、無事に本日発売のようです。
映像だけではなく、音源収録のCDもセットになっているところは、やはり、ありがたいですね。
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創刊からそろそろ一年を迎える月刊誌「アジアの雑誌」をバンコクではなく、大阪の紀伊国屋書店でワザワザ買ってみた。

バンコクはぁはぁ情報を求めている読者にはやや場違いだからだったのか、類似誌からア雑へ連載の場を移した「昭和深夜劇場」は、今月号はユーミン。
筆者はワタクシよりもやや上の世代なので、ユーミンとクロスした時期が「あの日にかえりたい」の頃なのだそうですが、そのモト歌の「スカイレストラン」のことではなく、アリガチといえばアリガチな山手のドルフィンをめぐる青春物語がアツくつづられています。

こちら↓は谷内六郎画伯の他界直後に発売された追悼本の中で、今も印象に残る「海のサイダー」。

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ローリング・ストーンズ野郎の雑記

タイで働いている日本人家族が食べるモノ。

とされていたタイの和食がモノすごいスピードで一般社会に浸透していったのは、8番らーめんや地場の外食チェーンの存在が大きい。
その、外食チェーンで給仕されるメニューが「ジャパニーズ・フード」がどうなのかは、カオマンガイやガパオガイを「タイフード、タイフード」と鼻のアナをひろげてしまうジャパニーズさんの判断するところではアリマセン。

上の写真は、多くの韓国人家族が暮らすエリアを中心に繁盛している宅配型韓国料理店。
できてはツブれ、ツブれてはできてを繰り返す宅配業者の中では、このお店は息の長いほうですね。

ちなみに、タイ人による韓国料理店にはまだ行ったことがございません。


バンコクにまで持ってきていただいた「ストーンズ・バー」のローリング・ゴールドを大切に飲みながら、ミック・ジャガーの日本公演をユーチューブ。

ミックさんがこんなにもモミクチャにされていたことは数日後のテレビ放送で知りましたが、東京ドーム元年、プロ野球開幕直前の外タレ(←死語)コケラ落としイベントでした。
2年後のローリング・ストーンズ初来日チケット狂騒曲がウソのように、この時のチケットはスンナリ入手できた記憶があります。

「ストーンズ(の顔)を最初に日本に呼んだのは、我が社だ!」

というサントリーの矜持が、ストーンズ結成50年を鑑みた今回の「ストーンズ・バー」発売につながっているのかな。