※社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が2006年に発行した、『2006 CESAゲーム白書』『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』に掲載された記事「『ゲーム脳』とは何か? ~ 『日本人として非常に恥ずかしい』」に、一部加筆・修正したものです。

 

「ゲーム脳」とは何か?~「日本人として非常に恥ずかしい」

 

  事件や事故に乗じて復活する「ゲーム脳」

 

 こうして、「ゲーム脳」という言葉が忘れ去られるかに思えた2005年2月14日。
 大阪府寝屋川市で発生した小学校教員殺傷事件において、犯人の少年が小学校時代の卒業文集に「将来はゲームデザイナーか、ゲーム専門誌の編集者になりたい」と書いていたことが報じられると、再び「ゲーム脳」がクローズアップされる。
 雑誌やテレビの報道番組がこぞって取り上げ、森教授は各局のワイドショーに引っ張りだことなった。

 

 ただ1誌、『週刊朝日』(朝日新聞社)だけが、3月4日増大号において「17歳少年がおかしくなったのはゲームのせいじゃない!」というタイトルの記事を掲載。少年が、かつて通っていた塾の講師に語った言葉を載せている。
最近はあまりゲームはやってないんです。それより本が好きになって、芥川賞作家の本を読んでます。海外のロック音楽も好きで、自分でもギターを買って弾き始めました」
 また、前年の夏から、若者向けのファッション誌を毎月買っていたという証言もあった。
 だいいちこの少年は、15歳で大検に合格するほど成績優秀だった。「脳の働きが衰え、痴呆(認知症)に近くなる」という「ゲーム脳」仮説と矛盾する。
 ちなみに成績が優秀というのは、2003年に長崎市で起こった幼児誘拐殺人事件や、2000年の西鉄バスジャック事件の犯人とも共通する特徴だ。しかし「勉強が犯罪を助長する」と報道されることはあまりない。

 

 同年4月25日、兵庫県尼崎市のJR福知山線で、脱線転覆事故が発生する。死者107名、負傷者562名を出す痛ましい事故となったが、翌26日、『夕刊フジ』の1面トップで、「運転士ゲーム脳か」という見出しが躍った。
 記事の中では、運転士が手前の駅でオーバーランを起こし、その距離を短く報告するよう車掌に依頼していたことや、訓告などの処分を過去3回受けていたことを取り上げ、「『ゲーム脳』とも思える異常行動を繰り返す運転手」と書いている。
 また森教授もこの運転士について、
「重大なミスを犯しながら、自身で再発防止ができておらず、注意力が散漫な印象を受ける」
「大事な場面で倫理的な行動がとれず、キレやすいというのはゲーム脳の特徴とよく似ているともいえる」とコメントしている。
 ちなみにこの時点では、まだ事故原因が、運転士本人にあったのか、車両の故障か、線路の異常か、それとも何らかの妨害があったのか、それすらわかっていない。だいいち原因調査どころか、まだ救出活動が行なわれている真っ最中であった。
 もちろん運転士がテレビゲームを愛好していたかどうかなど知る由もない。

 

  ゲーム脳がよくわかる書籍

 

 2004年の後半以降、ようやく有識者が、著書の中で「ゲーム脳」について言及するようになってきた。
(※肩書はいずれも当時のもの)

 東北大学医学部の川島隆太教授は、『天才の創りかた』(講談社インターナショナル)の中で、「ゲームで、脳が壊れて痴呆のようになるということは100%ない」と書いている。

 

 お茶の水女子大学の坂元章教授は、「ゲームの暴力表現には悪影響がある」とする立場だが、『テレビゲームと子どもの心~子どもたちは凶暴化していくのか?』(メタモル出版)では、「ゲーム脳」理論について、“脳活動が低下する”から“活動しない脳が育つ”へといきなり飛躍する点や、脳波と性格傾向が1対1で語られている点など、問題が多いと述べている。
 また、ゲームの悪影響だけでなく、教育やリハビリテーション、心理臨床などに有効利用できる可能性にも目を向けるべきと主張する。

 

 テレビのコメンテーターとしてもおなじみ、帝塚山学院大学の香山リカ教授に至っては、『ネット王子とケータイ姫~悲劇を防ぐための知恵』(中公新書ラクレ/森健氏との共著)の中で、科学的根拠のない「ゲーム脳」が、なぜこれほどまで幅を利かせているのかを考察している。

 

 さらに、著者の無知や妄想などにより、おかしな内容になってしまった本を紹介する『トンデモ本の世界T』(と学会著/太田出版)では、山本弘氏が『ゲーム脳の恐怖』について、“「研究対象について無知」「科学的な手順を踏んでいない」「論旨がデタラメ」という、三拍子揃ったトンデモ本なのである”と評している。
 評論家の宮崎哲弥氏は、朝日新聞の書評欄で『トンデモ本の世界T』を取り上げ、「『ゲーム脳』理論のように、一般に浸透してしまう疑似科学も急増中。(中略)この手は学者や専門家の著作ということもあって、大新聞の書評欄などでも無批判に賞揚されたりするから要注意だ」と書いている。

 

 日本大学文理学部の小笠原喜康教授は、2005年に発売された『議論のウソ』(講談社現代新書)の中で、マスコミを通じて流される言説の「嘘の形」の一例として、『ゲーム脳の恐怖』を取り上げている。『ゲーム脳の恐怖』には、「権威に訴える虚偽」「研究方法に関する虚偽」など、昔から知られる虚偽論法の典型をいくつも見いだせるとしている。

 

 

 京都大学名誉教授で日本福祉大学教授の久保田競氏は、2006年4月に発売された『バカはなおせる 脳を鍛える習慣、悪くする習慣』(アスキー)の中で、「うまくつきあえば、ゲームやネットは脳を発達させるのに役立つ」と書いている。
 また、ちまたに出回る「脳に関する本」について批判しているが、特に『ゲーム脳の恐怖』に対しては、「脳波を、特定の脳領域の働きと対応づけるのは難しい」「実験の組み方にも疑問が残る」など手厳しい。

 

 

※2006年以降に発売された本で、「ゲーム脳」を取り上げたものを、ごく一部だが以下に挙げておく。

 

 

 

 

※「ゲーム脳」を批判している本はそれなりにあるのだが、そのほとんどは「ゲーム脳」に対する批判が載っていることが、本のタイトルからはわからない。最低限、目次に目を通さないと気づかないのだ。
 そのため、実はさまざまな人が「ゲーム脳」を批判しているにもかかわらず、そのことがあまり知られていない。

 

 昔はこの手の怪しげな本がベストセラーになったら、それに対する反論本が出ることがよくあったが、『ゲーム脳の恐怖』に対してはそういう本が出なかった。
 大きな理由は2つほど考えられる。まず、危機を煽るような本は売れるけれど、それに対する反論の本はそこまで売れない。今でも、デマが広まりやすいのに対し、そのデマを否定する言説は広まりにくいものだが、それに近い。
 とはいえ昭和から平成初期までだったら、反論本でも、ある程度の売り上げは見込めたので出版されることはあった。しかし『ゲーム脳の恐怖』が売れた頃には出版不況が既に長期化しており、本を出すことが難しくなってしまった。

 

 もう1つ、「ゲーム脳」に対する批判というのは、先にアップした「【「ゲーム脳」騒動】を振り返る(2)」程度の文章で片付いてしまうためだ。本1冊分にならない。
 自著の中で1つの章を割いて「ゲーム脳」に対する批判をしている方はいるが、先述の通りそこに「ゲーム脳」批判が書かれていることは、本の中身を見た人でなければわからない。

 

 実は私も反論本を書こうとしていた。ありがたいことに出版社2社から出版の申し出があったのだが、いざ書いてみると反論部分は30ページ分くらいで終わってしまった。それでもその後の経過などを書き足して1冊分の原稿にしようとしたが、だんだん本質から外れていって、伝えるべきところが伝わりづらくなることに気づき、結局書き上がらず、出版社に迷惑をかけてしまった。

 この【「ゲーム脳」とは何か?~「日本人として非常に恥ずかしい」】は、その本の中から、書き終えた箇所をまとめたものである。

 

「【『ゲーム脳』騒動】を振り返る(5) ~ 『ゲーム脳の恐怖』発売から4年、2006年時点での状況」に続く)

 

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