「ネットvsオールドメディア」という対立構造が、世界各地のさまざまな事象に関連して、何かと話題になっています。

 

ネットが“オールドメディア”と戦った最初の事例は、2002年(平成14年)から始まった、【「ゲーム脳」騒動】ではないでしょうか。

 

新聞、雑誌、テレビの報道が、怪しい学説やオカルトさえも無批判に取り上げて事実として伝えたり、あらぬ恐怖を煽ったりすることは、それ以前にもありました。

一方、インターネット自体はかなり普及していたものの、ツイッターはもちろん、Facebookすらまだ存在せず、情報の伝達力でマスメディアにはまだ遠く及ばなかった時代。しかし、多くのマスメディアがこぞって流したフェイクニュースに、マスメディアのような発信力を持たない普通の人々は、インターネットの力を使って対抗しました。
いったい、どうやって?

 

【「ゲーム脳」騒動】は、「ネットがオールドメディアに立ち向かうことができたおそらく最初の事例」であるとともに、「オールドメディアが信用されなくなったきっかけの一つ」であるともいえるでしょう。
いまや立場は逆転し、ネットでデマが拡散されても、オールドメディアがそれを訂正するのは困難になってしまいました。

 

以下の記事は、『2006 CESAゲーム白書』『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』に私が寄稿したものです。『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』はCESAのサイトにも掲載されているのですが、PDFファイルで、検索エンジンに引っかかりにくく、またCESAのトップページからたどり着くのも容易ではありません。
内容が古くなっていることもあり、一部加筆・修正してここに掲載します。「ネットvsオールドメディア」の図式が話題・問題となっている今だからこそ、あらためて【「ゲーム脳」騒動】の顛末を振り返ってみる必要があると思います。

 

「ゲーム脳」とは何か?~「日本人として非常に恥ずかしい」 

 

※社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が2006年に発行した、『2006 CESAゲーム白書』『テレビゲームのちょっといいおはなし・3』に掲載された記事「『ゲーム脳』とは何か? ~ 『日本人として非常に恥ずかしい』」に、一部加筆・修正したものです。

 

 

 2002年7月8日、毎日新聞夕刊の1面トップにこんな記事が掲載された。

「『キレやすい』『集中できない』『つきあい苦手』ゲーム脳ご注意」
「毎日2時間以上で前頭前野が働かず」

「人間らしい感情や創造性をつかさどる大脳の前頭前野の活動が、テレビゲームをする時に目立って低下することを、日本大学文理学部の森昭雄教授(脳神経科学)が脳波測定実験で突き止めた。今秋、米オークランドで開かれる米神経科学会で発表する。ゲーム時間が長い人ほど低下の程度が大きく、ゲームをしない時も活動レベルが回復しないことも分かった。森教授は『ゲーム脳』と名づけ、『情操がはぐくまれる児童期にはゲームの質や時間に気を配ってほしい』と警告している。」
(執筆・元村有希子記者)


 

 その2日後、日本放送出版協会(NHK出版)から、森教授の書いた『ゲーム脳の恐怖』が出版された。
 この本は「生活人新書」というシリーズの一冊として出版されたもので、「ゲーム脳」について、さらに詳しく書かれている。
 帯紙の「テレビゲームが子どもたちの脳を壊す!」という、センセーショナルな見出しも話題を呼んだ。


 

 さらに、『週刊文春』で9月26日号~10月10日号の3週にわたって、「テレビゲームのやりすぎで子どもが若年性痴呆になる!」というタイトルで大々的に取り上げられたことで(執筆・草薙厚子氏)、他のマスメディアも「ゲーム脳」を問題視。テレビ各局のニュースやワイドショーに森教授が出演し、「ゲーム脳」の恐怖について訴えた。

 

 

 週刊誌でも毎週のように、
「テレビゲーム漬けの生活を送っているとやがて恐ろしい『ゲーム脳』にむしばまれる!」
「TVゲームは子どもの脳をダメにする 毎日2時間以上で痴呆状態」
「警告! 携帯、パソコン、TV漬け ITが子供の脳を壊す あなたの家庭は大丈夫か」

といった見出しが躍るようになった。
 『ゲーム脳の恐怖』は増刷を重ね、10万部を超えるベストセラーになった。

 

 年が明けて以降、こうした報道は徐々に少なくなっていたが、2005年2月に大阪府寝屋川市で発生した小学校教員殺傷事件において、犯人の少年が小学校時代の卒業文集に「将来はゲームデザイナーか、ゲーム専門誌の編集者になりたい」と書いていたことが報じられると、再び「ゲーム脳」がクローズアップされる。
「寝屋川の17歳刃物少年、典型的な『ゲーム脳』」
「17歳少年を『教師刺殺』に走らせたゲーム脳 あなたの子供も危ない」

 本稿では、日本で今なお問題視されている「ゲーム脳」について、その正しい知識と、報道のもたらした影響について記述する。

 

  「ゲーム脳」とは?

 

 「ゲーム脳」とは、日本大学文理学部教授で医学博士の、森昭雄氏が定義した脳の状態である。
 ちなみに日本大学は、120年近い歴史を持ち、現在では日本一学生数の多い大学である。

 

 森教授は、高齢者が認知症(当時は「痴呆」と呼ばれていた)になっているかどうかを脳波から判定するために、独自の脳波計を製作。チェックのため、その脳波計を開発した、コンピューター・ソフトウエア開発者8人の脳波を測定してみた。
 すると8人とも、測定結果は認知症の人と同じタイプだった。脳の前頭前野の機能が低下していたのである。
 そのため森教授は、“認知症の症状は出ていないが、認知症の人と同じ脳の状態”が存在すると考えた。そして、ソフトウエア開発者は勤務時間中ずっと画面を見ていて、ものを考える時間がわずかしかないために、脳がこのような状態になると推測した。
 そこで森教授は、開発した脳波計を用いて、テレビゲームを長期間行っている人の脳波を測定してみた。すると、重い認知症の人の脳波にたいへんよく似ていた。
 森教授は、この“認知症の人と同じ脳の状態”を「ゲーム脳」と名づけた。

 

 前頭前野は人間らしさをつかさどるとされ、理性や思考、意欲などを行動に結びつけたり、また人間らしさや道徳といった高次の内容を処理する。人間はほかの動物より、この部分が発達している。
 前頭前野の機能が低下すると、判断力がなくなり、周囲に配慮しない行動をとるようになる。また、無気力にもなる。つまり「ゲーム脳」になった人間は、このような状態に陥ってしまうのだ。森教授はそう結論づけた。

 

 さらに森教授は、前頭前野のベータ波の活動状態から、脳のタイプを4種類に分類した。
1.「ノーマル脳」……ゲームをやったことのない人。ゲームをやっても脳波に変化はない。礼儀正しく、学業成績は普通より上位。
2.「ビジュアル脳」……ゲームはほとんどやらないが、毎日1~2時間テレビやビデオを見ている人。ゲームをやると一時的に「ベータ波/アルファ波」(「ベータ波の割合」÷「アルファ波の割合」の数値)が落ちるが、ゲームをやめると元に戻る。成績は普通より上の人が多く、大学で4年間成績がトップの人もいた。
3.「半ゲーム脳」……テレビゲームを行う前も後もベータ波がアルファ波のレベルまで減少しており、「ベータ波/アルファ波」がゼロになることもある。少しキレたり、“自己ペース”といった印象の人が多い。集中性があまりよくなく、物忘れも多い。
4.「ゲーム脳」……ベータ波の割合がアルファ波の割合より下になっている。キレる人が多い。ボーッとしていることが多く、集中力が低下している。成績は普通以下の人が多い。物忘れが非常に多く、時間の感覚がなく、学校も休みがち。

 

 森教授は、「ゲーム脳」状態の生じる原因として、モニターから得られる画像情報は、目から入った後、脳の前頭前野を通らずに、脳の視覚野、運動野のみを経由して、脊髄から筋肉に伝わるからだとする。
 森教授の著書『ゲーム脳の恐怖』によると、「ゲーム脳」を治すには、お手玉が有効とのこと。テレビゲーム歴10年以上の大学生に、毎日5分間ずつお手玉をさせてみたところ、2週間ほどで、前頭前野のベータ波の状態が回復したということだ。
 お手玉は、目と手をフル回転させる必要があり、かなりの集中力が要求される。時系列的な作業を考え、位置関係を考え、皮膚も刺激されるため、脳に良い影響を与えると、森教授は考えている。
 また、読書も良いとされる。読書も視覚からの情報なので、本を読んでいる間はやはりベータ波が低下する。しかしそこに思考が入ってくることで、テレビゲームとは脳の働きが違ってくるという。
 歩くことで脳に刺激を与えることも良い。森教授は、伊能忠敬や二宮尊徳の例を挙げ、普段からよく歩く人は脳がさえ、年をとっても衰えないとしている。
 手や足をよく使うことで、指先だけを使うテレビゲームに比べ、脳の中の、より広い範囲が刺激される。これが脳の活性化につながってくるということだ。

 

 一方、『ゲーム脳の恐怖』で森教授は、脳のベータ波が増大するゲームが存在することも認めている。ひとつは、足元の矢印を、決められた順番とタイミングで踏んでいくダンスゲームで、運動的要素を取り入れたことで脳の活性化をうながしているとする。

 もうひとつは、ホラー映画のような世界を舞台とし、敵に見つかって殺されないよう敵陣に進入し、相手を威嚇し、あるいは殺しながら突き進んでいくタイプのゲームだという(森教授はこれを「RPG」と称する)。
 ただしこうしたゲームは、たとえベータ波が増大しても、好ましいものではないと森教授は考えている。この場合のベータ波の増大は、プレイヤーが絶えず緊張し続けているために引き起こされるもので、長時間にわたってリラックスできない状態が続くことで、極度のストレスが発生し、自律神経のバランスが崩れてしまう。
 森教授は『ゲーム脳の恐怖』の中で、長時間のストレスは狭心症や糖尿病などを引き起こし、はなはだしい場合は脳の海馬(記憶をつかさどる器官)を収縮させると警告している。

 

 森教授がさまざまな媒体で語るところによると、「ゲーム脳」はゲーム以外に、携帯電話のメール、テレビやビデオの視聴、また将棋でも長期間続けると発生するという。
 メールは一見、脳を使って文章を作っているように見えるが、実際は短い簡略化された文章を入力したり、一覧表から言葉を選んで文章を作っていたりするだけで、ほとんど前頭前野ははたらいていない、とのこと。
 テレビやビデオも、画面を見るだけで体の動きがないから同様。森教授は著書『ITに殺される子どもたち』(講談社)の中で、子供にテレビを見せるべきではないと警告している。

 

 『ゲーム脳の恐怖』が発売されて4年近く経った2006年時点でも、一般のマスメディアはもとより、ゲーム専門誌ですら、森教授の説に対するまとまった反論はほとんどみられない。
 「ゲーム脳」問題を3週にわたって取り上げた『週刊文春』では、その3週め(2002年10月10日号)において、森教授やゲーム脳に対する批判が10通ほどあったことを明かすが、
「そのほとんどが、小誌記事や著書『ゲーム脳の恐怖』を誤読したうえに独断や憶測を重ねた内容だった。一部、精神科医からの学術的な批判もあったが、それさえも、森教授の研究結果を否定する内容とは考えられなかった」としている。

 ゲーム専門誌の『週刊ファミ通』では、浜村弘一前編集長が、自らの連載記事で「ゲーム脳」について疑問を示し、森教授に取材をおこなっている。
 ただし、森教授に対する批判というよりは、マスメディアの取り上げ方が森教授の意図を正確に伝えてないのではないか、という論旨であった。

 

 一方、インターネット上では当初から、森教授のこうした研究に対し、批判的な意見も散発的に見受けられた。いくつかのホームページでは、「これはトンデモ本だ」という声も上がっている。
 また、ゲーム専門誌の『ゲーム批評』2002年11月号では、「ぼくたちはゲーム脳に侵されているのか?」というタイトルで特集が組まれていた。これは雑誌で森教授に対して批判的な記事が組まれた、ほとんど唯一の例といっていい。

 

 私は当時、AllAbout Japanという情報サイトで記事を書いていたが、『ゲーム批評』も含めたこれらの意見を目にして、果たして「ゲーム脳」の信憑性はどの程度のものなのか、有識者のかたがたに見解をうかがって、記事にしようと考えた。
 幸いにして、「トンデモ本」という言葉を広めた『トンデモ本の世界』の著者の一人、山本弘氏や、“ひきこもり”研究の第一人者、精神科医の斎藤環氏にお話をうかがうことができた。お二人は「ゲーム脳」理論の問題点を数々指摘されたのだが、紙面の都合もあるので、主だったものだけを短くまとめてみた。

 

「【『ゲーム脳』騒動】を振り返る(2) ~ 『ゲーム脳』仮説の問題点」に続く)

 

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