自動車の歴史 <173日目 徳川家と豊田家のターニングポイント(5)> | ゲイムマンの日本縦断紀行

ゲイムマンの日本縦断紀行

ゲーセンでゲームをプレイし、1面クリア毎に増える“ゲーム路銀”を交通費にして日本縦断を目指す「ゲーセン紀行」でしたが、ゲーセン巡りよりも、普通の観光旅行の方が主になってしまいました。

現在このブログ上でゲーム『香川県からの脱出』を制作・配信中。

芸大通('13.6.7)

ゲイムマンの日本縦断紀行-トヨタ博物館前(173-16)
県道からそれて、ツツジの咲く静かな歩道を歩く。

ゲイムマンの日本縦断紀行-トヨタ博物館(173-18)
トヨタ博物館の入口だ。

ゲイムマンの日本縦断紀行-IMTS(173-17)
ロータリーの一角に、2005年の愛・地球博で使われた新交通システム・IMTSの車両があった。
専用道を無人で走れるバス。何台も連なって走ることができる。

ゲイムマンの日本縦断紀行-ボンネットバス(173-19)
こちらは1963年製のボンネットバス。

入館料¥1,000。リニモ1日乗車券があれば、割引されて800円で入れる。

ゲイムマンの日本縦断紀行-トヨダAA型(173-29)
1936年のトヨダAA型(レプリカ)。
トヨタ初の乗用車。

ボンネットの上のエンブレムが、漢字の「豊田」を図案化したもの。
アルファベット表記が「TOYOTA」ではなく「TOYODA」になっている。
外観も内装も高級感がある。この時代、自動車はさぞ贅沢な乗りものだったろう。

エスカレーターで2階へ。世界初のガソリン自動車の1つ、3輪の、ベンツ・パテント・モトールヴァーゲン(複製)に始まり、19世紀末~20世紀初頭の自動車が並ぶ。
1909年のT型フォードもある。大量生産による低価格化で、大衆向けに普及した。
わずか十数年で、自動車が驚くほど進化したことがわかる。

当時の蒸気自動車と、電気自動車が並んでいる。
この時代、まだ蒸気自動車があった一方、電気自動車もあったことは初めて知った。
また、既にこの頃、自動車レースが盛んに行なわれていたらしい。

企画展「流線型の時代とクルマたち」(~6月30日)。
1930年代、空気抵抗を減らすために開発され、デザインの斬新さもあって大流行した「流線型」について。
当時のさまざまなポスターが並ぶ。1935年、第7回モナコグランプリのポスターも。

この時代に流線型は、自動車、飛行船、飛行機、列車、船はもとより、空気抵抗を減らす必要がない、ラジオや電話、掃除機、アイロンなどにも取り入れられた。

実車の展示。流線型自動車の元祖、1934年のデソート・エアフロー。
流線型車として初めて本格的にヒットした、フォード・リンカーン・ゼファー。
そしてこれらの影響を受けたフォルクスワーゲン。
(展示されているのは38プロトタイプのレプリカ)

先ほどのトヨダAA型も、エアフローの影響を受けているが、フロント部は従来型のシボレー車を参考にしている。
トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎が、街中でエアフローに乗り、人々の反応を見て、この形に決定したそうだ。

トヨタ博物館のホームページはこちら


※これ以前の「日本縦断ゲーセン紀行」はこちらへ。
第173回 徳川家と豊田家のターニングポイント(長久手古戦場→芸大通→藤が丘→一社)
第172回 3度目の東山、そしてさらに東へ(東山公園→藤が丘→杁ヶ池公園)
第171回以前