使命と魂のリミット
著者:東野圭吾
出版:角川書店 角川文庫
「医療ミスを公表しなければ病院を破壊する」突然の脅迫状に揺れる帝都大学病院。「隠された医療ミスなどない」と断言する心臓血管外科の権威・西園教授。しかし、研修医・氷室夕紀は、その言葉を鵜呑みにできなかった。西園が執刀した手術で帰らぬ人となった彼女の父は、意図的に死に至らしめられたのではという疑念を抱いていたからだ…。あの日、手術室で何があったのか?今日、何が起こるのか?大病院を前代未聞の危機が襲う。---データベース---
2006年新潮社より発行された単行本の文庫化されたものです。新潮社の週刊誌『週刊新潮』に、2004年12月30日と2005年1月6日の合併号から2005年11月24日号まで掲載され、2006年12月5日に単行本が新潮社から刊行され、2010年2月25日には、角川書店から角川文庫版が発売されたのが本書です。
舞台は帝都大学病院で起こります。心臓血管外科の研修医氷室夕紀は、かつて愛する父親を心臓血管の血管瘤によって亡くしてしまいます。その執刀をしたドクターが心臓血管外科の権威西園教授なのです。夕紀はひそかに、父の死は西園教授の医療ミスではないかと疑いを持ちます。その母親がいつしか西園と懇意となり、再婚をすることになります。そんなこともあり、夕紀の心の中には鬱々とした気持ちが晴れないまま再婚の話が進んでいきます。
一方、西園には夕紀の父との因縁がありました。かつて警察官として任務にあたっていた夕紀の父がパトカーで西園の息子を追跡していて、その息子は一旦停止をせずにバイクで逃走中トラックにはねられ死亡してしまいます。その息子の父親である西園が執刀医として関りをもつことになったのです。この疑惑に加え物語を複雑にしているのが、病院の看護師と付き合いをしていた直井という青年が、かつて付き合っていて結婚を目前に控えていた彼女が建設中のビルから転落するという事故に遭います。救急車で運ばれるのですが、搬送中に欠陥により動かなくなったアリマ自動車の車を避けるため、一刻を争う救急車は迂回をして病院へ行くことになり、結果的に彼女は命を落とすことになってしまうのです。その当時アリマ自動車の車は欠陥により事故を起こし、その賠償問題に追われていました。直接的な事故ではないということで賠償もされず、直井はアリマ自動車の社長を恨み続けることになります。そこへ舞い込んで来たのがその社長が入院してす手術をするという情報です。そこで、電気関係に詳しい直井は病院に脅迫状を送り、他の入院患者を少なくした状況でこの社長が手術を受ける際に電源を失わせ、手術を失敗させ社長の命を奪おうという企てを考えます。この病院の爆破という事件が輻輳してストーリーは進んでいきます。
直井の計画は最初病院か世話からは黙殺されますが、やがて世間に知られることにより企ては着々と進められます。手術は一旦延期されることになりますが社長のスケジュールもあり手術も実行されることになります。その窮地の中で西園教授は夕紀への疑いを晴らすべく手術に立ち合わせることにします。
事件が対外的に知られた段階で警察が動きます。脅迫事件捜査に携わる一人が警視庁の七尾行成刑事です。七尾はかつての氷室夕紀の父、健介の部下だったのです。そんなこともあり、ぐいぐいと夕紀の懐に飛び込んでいきます。ちよっと警察の中ではアウトローという設定になっていて、この彼の活躍が犯人のミスディレクションに気づき、真相に肉薄していきます。しかし、気がついた時にはすでに手術の当日になっていました。そこから緊迫の展開が始まります。
なかなか興味のある医療事象を扱った小説ということで、2011年にはNHKがテレビドラマ化しています。まあ、テレビドラマは脚本家が間に入りかなり脚色しますから原作通りのイメージとはいかないのが常です。この小説でもそうですが、犯人の直井譲治と看護師の真瀬望とが出会ってからのストーリーが時間軸にしてはおかしいのに気が付きます。犯人の目的はアリマ自動車の社長の島原総一郎の手術の妨害が主目的ですが、彼がどこの病院へ入院するかは不確定な要素で、なおかつ手術の日にちは予定日が変更になるという不確定な要素があるのにこの病院に勤める看護師の真瀬と付き合い情報をもらい、病院の機器に仕掛けを施すような時間的タイミングが取れたかという部分は疑問が残ります。
後半は電源の爆破や非常用のバッテリーの電源停止などかなりの装置が事前に仕掛けられていることが明らかになっていきますが、こんなことは実際にはほぼあり得ないことでしょう。機器類の点検は中央監視室の人間が日々監視しているところで、そこに見知らぬ装置が取り付けられるということはまずあり得ませんし、こういう機械室への侵入は鍵の管理もしっかりしていますからまず他人が侵入することは不可能に近いところです。監視カメラもありますしね。
こういう描写の甘いところはありますが、ストーリーとしての展開はさすが東野圭吾作品という出来栄えです。ただ、伏線の回収という部分ではこの作品はあまりありません。週刊誌への連載作品というところにその要因があるような気がします。
東野圭吾の公式ガイドブックにはこの作品の成立の背景が描かれていて、2004年に亡くなった彼の母親の死が契機になっているということです。彼の母親も大動脈瘤があり、さらに肝管が癌に犯されていていたそうです。結局手術はせずに残された余命を全うさせるという判断になったようですが、そういう実体験があるので医療処置の描写には真に迫るものがあります。
