アシュケナージ
4大ピアノ協奏曲
曲目/
キング LONDON
SOL-9003−4
1978年に発売されたキングレコードの新シリーズのSOLという番号の2枚組です。
テクニック的には申し分のないアシュケナージ、同国人のリヒテル/カラヤン盤が世間に登場しベストセラーになっていた時期の録音だけにそういうものに対する挑戦みたいな意気込みを感じます。マゼールのチャイコフスキーはややクセのある音作りがこの頃から顔を見せています。
初出時に寄せられたデッカ会長のメッセージ
第1楽章の冒頭のホルンが高らかに鳴る序奏は意外にあっさりと処理しますが、続くピアノの登場する部分からやけに一拍目を強調するリズムで明確に陰影を刻んでいきます。これは好き嫌いの分かれるところでしょうけれどもカラヤン盤のロマンティックな表現に対抗するにはこういうアプローチしか無かったのかもしれません。しかし、チャイコフスキーの重く、暗く、どろどろネバネバとした雰囲気もそれなりにちゃんと表現されているし、全体的にピアノ、オーケストラともに重厚でふくよかな音色が特徴で、両者がよく解け合っています。気に入るまで何度もテイクを重ねたというアシュケナージの心意気が感じられます。
第2楽章の詩情豊かなニュアンスにとんだ表現も若くしてきらりと光る才能を感じさせますし、この頃のロンドン響は素晴らしいプレーヤーが在籍していたことを再認識させるソロを聴かせてくれます。たっぷりと歌うアンダンティーノで、ここは主役をピアノに譲ったマゼールのサポートも光ります。
これに対して第3楽章は、第2楽章との対比がドラマティックでマゼールが冒頭から飛ばします。速いテンポで一気呵成にサクサクと進んでいくので圧倒されます。この速いテンポにも臆せず、抜群のテクニックでマゼールと堂々と渡り合っているので圧倒されてしまいます。サクサク進む割に、低音が豊かでドッシリとしているので安定感があり、軽いという感じはありません。
ところでこの録音、さすがデッカ。音質的にもステレオ初期の古い録音ですがウォルサムストウ・タウンホールの素晴らしい音響に支えられていい音で収録されています。そこら辺りのところが繰り返し再発される所以なんでしょう。
ラフマニノフが残した4つのピアノ協奏曲の中でも最高傑作といわれる第2番。ラフマニノフ特有のロマンチシズムを,同じロシアに生まれたピアニスト,ヴラディーミル・アシュケナージは余すところ無く表現してくれます。アシュケナージのラフマニノフは既に第3番を取り上げていますが、この第2番はバックはロンドン響ではなくコンドラシン指揮のモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団との録音です。このコンビでは過去にモノラルで録音していますから、そういう意味では安心感があったのでしょう。ところでこの録音、最近までは1963年9月ロンドンの録音とされてきました。ところがこの5月に再発されるデータでは上記に記載されている1965年9月モスクワに修正されています。デッカの録音に関しては詳細なデータが無いことが多く、またアシュケナージのディスコグラフィも無いので確認は出来ません。どちらが正しいのでしょうか。聴いた限りでは、音はこちらの方がやや新しく感じますし、ステレオプレゼンスも含めて音のバランスもラフマニノフの方が上です。
アシュケナージのラフマニノフは定評があるところで、この後にもプレヴィン、ハイティンクなどと再録を重ねています。とはいえ、ここで聴かれるラフマニノフは好みからいえば小生にとっては最良の演奏ということが出来ます。別にこだわるわけではないのですが、どこか本場物の安定感というかロシアという風土をバックに感じさせる演奏に仕上がっています。
アシュケナージの優しくて柔らかな音色は,ロマンティックなこのラフマニノフの2番協奏曲と非常に良くマッチします。アシュケナージは別にプレヴィンとの全集も所有していますが,ラフマニノフの作品はどれを取っても素晴らしい演奏を聴かせてくれます。チャイコフスキーの後のラフマニノフの第1楽章は、ゆっくりしたテンポがより強調される効果があります。その冒頭の地の奥底から聴こえてくるようなピアノの和音から、ピアノの分散和音とオケの絡みあい。もう瞬時に虜にさせるロマンティックで魅力的な音楽です。キリル・コンドラシンが指揮を務めるバックのモスクワ・フィルが,ロシア音楽の大きな魅力の一つである“クサさ”というものをこれでもかというほどに見せ付けてくれます。時々咆哮する金管がまた何ともいえません。アシュケナージ,コンドラシン共に後にロシアから亡命してしまいますが,やはり母国の音楽に対する思い入れというものは並々ならぬものがあるのでしょう。10分強の音楽があっという間です。
第2楽章はこの曲では、ちょっと地味な印象もあるかもしれませんが美しいアダージョで、静かで美しいアルペジオが奏でられます。ピアノに寄り添うようなオーケストラのやさしいささやき、アシュケナージとコンドラシンは絶妙なバランスでせめぎあっています。当時のソ連のオーケストラとしてはモスクワ・フィルは決して一流の部類ではなかったはずですがソロも美しい音色でサポートしています。コンドラシンは合わせものも得意だったことをきっちり証明しています。
昔の国内盤LPの解説文に、アシュケナージ自身のノートとして紹介されていた興味深い記載がありました。「このピアノ協奏曲の音楽的なウエイトの中心は、はじめのふたつの楽章に置かれている。そこには、すべての楽句を通して、いかにもラフマニノフ的なヒロイックなムード(第1楽章)と内省的な情感(第2楽章)がみなぎっている。」と、まさに実感させる演奏です。
第3楽章はちょっと、コミカルな出だしですが、次の瞬間ヴォルテージをあげて真剣勝負に入っていくピアノ、そして、どことなくオリエンタルで官能的といっても良いメロディが聴こえてきます。アシュケナージは振幅の大きい演奏で思いっきりロマンティックに歌い上げます。しかし、決してムードに流されるものではなく、ピアノとオーケストラとの丁々発止のやりとりもぴったりと決まっています。ここら辺りのアシュケナージとコンドラシンの呼吸はバッチリです。ピアノのスケール感のある響きとオーケストラの奥行きのある響きが相まってたぐいまれな名演が最後まで繰り広げられます。これもやはり長く語り継がれる堂々たる名演です。
演奏者 | 第1楽章 | 第2楽章 | 第3楽章 |
アシュケナージ/プレヴィン/ロンドンso.(Decca<70>) | 11:09 | 11:52 | 11:29 |
アシュケナージ/コンドラシン/モスクワpo.(Decca<65>) | 10:52 | 11:46 | 11:28 |
ワイセンベルク/カラヤン/ベルリンpo.(EMI<72> | 11:53 | 14:26 | 11:46 |
キーシン/ゲルギエフ/ロンドンso.(RCA<88>) | 11:23 | 11:45 | 11:19 |
ラフマニノフ/ストコフスキ/フィルハーモニアo(RCA<29> | 9:44 | 10:46 | 10:55 |
ツィメルマン/小澤征爾/ボストンso.(DG<2000>) | 11:46 | 12:15 | 11:34 |
実際、60から70年代のアシュケナージは輝いていました。アシュケナージは1968年にイッセルシュテット共にモーツァルトを録音しています。この曲だけは父親のエリック・スミスがプロデュースしているのも面白いところです。
第1楽章の冒頭は低音楽器の不気味な地獄から湧き上がってくるようなアウフタクトの上昇音と、ヴァイオリンの持続する八分音符と四分音符のD音が印象的です。こういう流れの中でイッセルシュテットはややトランペットを強調させた響きで目立たせています。この効果は絶妙で混沌の中から一条の光を見いだす効果があり、ピアノの登場をより効果的にしている感じがします。アシュケナージといえば、まだまだ指揮者に色気を出す前でピアニストの本分をわきまえた充実した演奏です。しっとりとした立つ値のピアノでころころと転がる軽いタッチの音ではなくそれがまたオーケストラの響きとマッチしています。第1楽章のカデンツァはベートーヴェンの作曲したものを使い古典的なバランスのよう音楽を作り上げています。
第2楽章は、どうしてもこの楽章はミロス・フォアマン監督製作のモーツァルトを主人公にした映画『アマデウス』のエンディングに使われたのでそのイメージで聴いてしまいます。メロディメーカーとしてのモーツァルトを再確認する美しい旋律です。ここでも、アシュケナージはしっとりという表現がぴったりの演奏を展開しています。みずみずしい感性に溢れたタッチでオーケストラと絶妙なバランスで美しいメロディを心のひだに染み込ませてくれます。
第3楽章は2楽章の美しさとは対照的に一転変わって激しい曲想でピアノの分散和音のソロから始まります。それでも、第1楽章とはいささか雰囲気の違う内容で、どことなくピアニストが活躍する協奏曲本来の社交音楽的性格が色濃く出ています。こちらの楽章はアシュケナージは自身のカデンツァを披露しています。ロンドの主題を使ったもので華やかなカデンツァです。
最後はアシュケナージがダヴィッド・ジンマンと組んだショパンです。1955年のショパンコンクールではのちのポゴレリッチ事件と東洋に審査の結果で事件が発生し、誰もがアシュケナージの優勝を疑わなかったのに結果はアダム・ハラシェヴッチが優勝ということになり審査員だったミケランジェロが起こって審査員をやめています。その因縁のショパンはなんと、ジンマンがサポートしているのです。いやあ、知りませんでした。1965年の録音ですがデッカのイギリスでのホーム・グラウンドとでもいうべきキングスウェイ・ホールで収録されています。これもプロデューサーはエリック・スミス、そしてケネス・ウィルキンソン、ジェームズ・ロックというという鉄板のすたつ筆録音されていてじっくりとアシュケナージのショパンの世界に浸ることができます。