クーベリック/VPO
「我が祖国」
曲目/スメタナ「我が祖国」
1:ヴィシェフラド 14:25
2:ヴルタヴァ 11:31
3:シャールカ 9:31
4:ボヘミアの森と草原から 12:24
5:ターボル 13:20
6:ブラニーク 13:58
指揮/ラファエル・クーベリック
演奏/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1958/04/03-07 ゾフィエンザール
DECCA 425784-2XN
CD初期の1989年に英DECCAから発売された「noblesse」シリーズの一組です。このCDはクーベリックでスメタナの「我が祖国」とケルテスでドヴォルザークの交響詩をセットにしたもので内容的に充実していたので捕獲したものです。このシリーズ自体日本では発売されていませんでしたし、プレスが当時の西ドイツのハノーファー工場製ということで今となっては懐かしい全面銀蒸着仕様のCDです。で、今回取り上げるのはその片割れのーベリックの「我が祖国」です。数あるクーベリックの「わが祖国」の録音中2番目であるこのウィーン・フィル盤は、後のボストン響やバイエルン放送響、そして最晩年のチェコ・フィル盤と比較するとCDでは現状入手が難しいディスクでした。国内盤においては現在のユニバーサルミュージックになってからは一度も発売されたことが無く、以前のキング時代に発売されて以来久々の復活となります。輸入盤でもローカル盤等(このCD)で再発されていたものの、比較的入手し辛かった盤といえるでしょう。
久しぶりにCDラックから取り出したら中のウレタンスポンジが変色し、CDに一部固着していたので慌ててスポンジを取り除きCDを清掃して再生を確認したところです。日本ではCD初期にキングから出ていましたが、本家ではこんな形で発売されていたんですなぁ。
『わが祖国』は第2次大戦以後、「プラハの春」音楽祭のオープニングで必ず演奏されるようになったこともあって、一部の人々にとっては、特別の意味合いを持つ曲ともなっています。バイロイト復興コンサート初日のフルトヴェングラーの「第9」や、ベルリンの壁崩壊を記念するバーンスタインの「第9」と同様の意味で、特異な価値を持たされてしまったクーベリック&チェコ・フィルの1990年ライヴは、確かに、その独特の雰囲気など、別格といってよい演奏ですが、クーベリックにとっても、チェコ・フィルにとっても、必ずしもベストの演奏とは言えません。このウィーンフィルを振った「我が祖国」は、これは個人的な穿った見方かもしれませんが、デッカが次世代のウィーンフィルを牽引する指揮者として白羽の矢を立てていたのではと思わせる起用でした。シカゴ響とは33歳の時マーキュリーに録音していましたがモノラルでした。そして、ここでは44歳という年齢でウィーンフィルに登場しています。この時期、クーベリックはDECCAにウィーン・フィルとお試しのような形でブラームスの交響曲全集、ドヴォルザークのスラヴ舞曲集とチェロ協奏曲と第7番&第9番、そしてこの「わが祖国」を録音しています。片やショルティもベートーヴェンの第3、5、7と録音しましたがそこまででシンフォニー指揮者としてはポシャりました。1958年時点でショルティは46歳でした。でも、どちらもデッカのお眼鏡には敵わなかったのでしょう。
ただ、若いなりにもウィーンフィルというオーケストラに立ち向かって祖国の音楽を記録として残せたのは幸いだったのかもしれません。なんと言ってもウィーンのあるオーストリアのお隣はもうチェコなんですから。当時のウィーンフィルはまだウィーン訛りが残っていた本当にウィーンフィルらしい響きを持っていました。のちにクーベリックは何度もオーケストラを変えてこの「我が祖国」を録音していますが、個性的なこのオーケストラを相手に足跡を残したのは今となっては貴重です。そういう意味ではこの録音はウィーン・フィルを聴くべき物でもあるのでしょう。すでに当時はボスコフスキーがコンマスに座っていましたし、そのしなやかなヴァイオリン、上品なトランペット、こくのあるウインナホルンの響きなど、いずれも絶品といえます。そのため、個性という点では全盛期を迎えていたと言われる1950年代のウィーン・フィルの美質を堪能できる貴重な録音となっています。オケのインターナショナル化が進んだ現在のウィーン・フィルでは得難い個性であることもなおさら本録音の価値を高めています。ウィーン・フィルの「わが祖国」の盤は意外と少なく(他にレヴァイン、アーノンクール等)、その意味でも重要な記録です。また、ウィーン・フィル初めての「わが祖国」全曲録音でした。
この録音レコードで発売された時は2枚組で発売されました。イギリス盤はそのまま1面から4面のカッティングで発売されましたがSLX規格で発売されたアメリカ盤は1枚目(SXL2064)の1面に1,2曲目「ヴィシェフラト」「モルダウ」に対し、同じ品番の裏面は3曲目「シャールカ」ではなく終曲「ブラニーク」となっている点です(商品のジャケ写は初期盤SXL2064の面を採用)。そして2枚目(SXL2065)では1面に3,4曲目「シャールカ」「ボヘミアの森と草原より」、裏面には5曲目「ターボル」となっています。面の振り当てが風変りなのは、当時オートチェンジャー用に対応するための処置と言われています。
さて、第1曲の「高い城」ではハープの音色が美しく奏でられて始まりますが、その後のオーケストラはかなり古めかしい響きに聴こえます。このCD、デジタル化初期ということもあり、ADRMの表示があります。そのため、デッカの初期ステレオ録音としては、必ずしもいい状態のものではなさそうです。ただ、そこから聴こえるVPOの響きは、まだローカルな香りがするもので、合奏精度は最近の録音のようにかっちりしたものではありません。
有名な第2曲「モルダウ」になりますと、ローカル色豊かな響きが郷愁を誘うようでもあります。ちょっと鄙びた音色で意外とあっさりとした解釈でこの曲を振っています。クーベリックは、意外とこの有名曲を過剰な演出を排して素朴に演奏しようとしているようで、全体の中の一曲という位置付けで演奏している気がします。大活躍するフルートをはじめとして、管楽器群がウィーンの楽器特有の響きであるのも影響しているかもしれません。セルの演奏など演出過剰な部分もあり、曲本来の味わいはこのクーベリックの演奏の方が好きです。
第3曲「シャルカ」というのはチェコ伝説上の女戦士を題材にしたもので、ヤナーチェクもオペラに仕上げていますから、チェコでは有名な存在なのでしょう。そういう勇猛な女性の話であるからでしょう、ここではなかなか迫力ある演奏を聴かせてくれています。
第4曲「ボヘミアの森と草原から」は実を言うとこの「我が祖国」の中で一番好きな曲です。冒頭から深い森を感じさせるVPOの重厚な響きかで始まり、次第に明るい風景へと変化していくさまが音からダイレクトに感じ取ることができる気分になります。終盤のポルカの賑やかな迫力は楽しさを倍加させてくれます。
第5曲「ターボル」は、やはりチェコの歴史上重要な「フス戦争」の拠点となった町の名前です。ヴァチカン支配に抗したチェコの宗教的な戦いという重い題材ですからVPOの重厚な響きがよく似合っていますし、緊迫感豊かな音楽を聴くことができます。
最後の第6曲「ブラニーク」は、前曲から引き続き「フス戦争」を題材にしたもので、そのとき亡くなった兵士を埋葬した山の名前です。
前曲の旋律を引き継いで始まるこの曲は、題材のせいか、ちょっと英雄的な雰囲気を感じさせたりと、終曲にふさわしい劇的なところがあります。そこをクーベリック/VPOは、かなりダイナミックな演奏で聞かせてくれますので、満足感いっぱいで聴き終えることができます。ただ、ティンパニの音がぼこぼこ鳴る点はやや録音の古さを感じずにはいられませんけどね。