クルト・レーデルの
「四季」
曲目/ヴィヴァルディ
1.協奏曲第1番ホ長調 RV 269「春」(La Primavera)3:15 3:35 4:20
2.協奏曲第2番ト短調 RV 315「夏」(L'Estate)4:45 4:45 3:29
3.協奏曲第3番ヘ長調 RV 293「秋」(L'Autunno)4:15 3:56 3:14
4.協奏曲第4番ヘ短調 RV 297「冬」(L'Inverno)3:31 2:05 3:11
ヴァイオリン/オットー・ビュヒナー
チェンバロ/リーゼル・ハイダースドルフ
指揮/クルト・レーデル
演奏/ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団
カッティング 高須明彦
日本コロムビア GES-3211(原盤エラート)
手持ちのレコードは小学館の「世界名曲全集」の第11巻で販売されたレコードです。エラートレーベルがまだコロムビアから発売されていた1973年に発売されています。このシリーズ最初は20巻の予定で発売されましたが好評だったようで、最終的には25巻、プラスボーナスとして1枚追加されていました。中でエラートレーベルはこのレーデルの「四季」とランパルの「フルート名曲集」、そしてパイヤールの「ストリングス名曲集」の3枚が投入されています。不思議なのは、レーベルロゴはエラートと入っているのですが、レコードラベルはコロンビアの表記になっている点です。
レーデルの「四季」は1000円盤の「エラート1000バロックの大作家たち」というシリーズにも投入されていましたからそちらの方が一般には知られているでしょう。下がそのジャケットです。こちらはエラートのレーベルデザインになっています。
このレーデルの「四季」、オリジナル盤の初出は1961年10月でした。今の古楽演奏主体のバロックから見れば、真っ向から聴けるものではありませんが、これも演奏史のひとつと言えるでしょう。録音はステレオですが歪み感もややあり、多分50年代のまっきぐらいでしょうか?特徴はまさにドイツ的な語り口のヴィヴァルディですが、デッカのミュンヒンガーとはまた一味違う味わいがあります。テンポは急楽章で速すぎず、ほぼインテンポ、音符の1つ1つを明確に聴かせる、緩抒楽章では遅すぎず、ソロヴァイオリンが装飾らしきことを行う、といっても今日のような古楽研究に基づいたものとはだいぶ違い即興性を帯びたものでなく、ドイツ人らしくかっちり作り込まれた感覚に感じられます。小生はベストセラーは追わないタチなので、当時はクレバースの独奏のレコードと、このかっちりとしたクレーデルの「四季」をよく聴いていました。よく聴くと「春」の第3楽章にチェンバロの洒落た装飾音を聴くことができます。このレコードにはチェンバロ奏者のリーゼル・ハイダースドルフもクレジットされていて、そういう意味ではイ・ムジチよりかなり自由な演奏になっています。ときにロマン派のヴァイオリン曲にも聴こえます。さらに興味深いのは「秋」で第一楽章のくっきりリズムを切り立てた感覚、第二楽章にはソロ・パートもないところなので装飾的ソロが際立ちますし、終楽章もテンポは速くせずに切り立ったリズムで演奏されています。ここはこのアルバムの一つの聴きどころでしょう。全曲、オットー・ビュヒナーの堅実なvlソロで整然として、スリリングなルバートとか、戯れる要素は一切ない、「冬」の開始など武骨なくらいです。この冬の第2楽章はレーデルは他でも録音していて、そちらでのヴァイオリンソロは装飾音をもっと伸び伸びと演奏させています。
このクルト・レーデルの「四季」は、エラートというレーベルの中では今では埋もれてしまっていますが、イ・ムジチを始めとする、1960年代までのかつてのオーソドクスな演奏の中では隠れ名盤の一つと言ってもいいでしょう。独奏ヴァイオリンを受け持つのは、オットー・ビュヒナーです。こののちビュヒナーは 1962年、ミュンヘンを拠点とする弦楽器室内オーケストラを設立。ミュンヘン音楽院でも長年にわたって教鞭をとりました。さらにはバイエルン国立歌劇場管弦楽団(カルロス・クライバーと長年に渡って提携)のコンサートマスター、ミュンヘン・フィルハーモニーのコンサートマスターでもありました。
ここではレーデルの棒の下で、自由闊達に歌いまくっています。それこそ、原楽譜からの逸脱しても即興的に演奏しています。四季の移ろいが、斯くも明るく楽しいものであったら、人生は実に気楽なものでしょう。バロック音楽を演奏するのにはピリオド楽器が当時の音に忠実であるという風潮から、モダン楽器排斥ともいえる状態が続いているような気がしますが、
指揮者としてのクルト・レーデル(Kurt Redel, 1918年10月8日〜2013年2月12日)は、このヴィヴァルディ『四季』を独奏者、オーケストラを変えての録音盤がけっこうあります。1988年12月に千住真理子さんの独奏で、イギリス室内管弦楽団と録音した時は、しなやかで繊細な細い千住のソロを、老練なレーデルが穏やかで柔和なトーンでつつみ込んで、千住のチャーミングさを引き立て、自由に飛翔するように様々な表情を見せる千住に魅了させられました。
レーデルは、1945年までドイツ領であったブレスラウ(現ポーランド領ウロツワフ)出身の指揮者兼フルート奏者です。レーデルは1938年、20歳の時にマイニンゲン州立オーケストラの首席フルート奏者に就任。さらに1941年ミュンヘンのバイエルン国立オーケストラの首席に就任。1952年に、本盤でも演奏しているミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団を自ら創設し、音楽監督を務めた。数多くのコンサートを行い、1960年代にエラート・レーベルにバッハやハイドン、モーツァルトなどを数多くレコーディングし、各種レコード賞を受賞。またルルド音楽祭を自ら主宰して、20年間にわたって率いると同時に、ヨーロッパの重要なオーケストラとも共演し、来日も多い指揮者です。
もうひとつ、このレコードの特徴はカッティング責任者名も記載されています。高須明彦氏は当時の日本コロンビアの録音技術課長です。
フランスのエラート・レーベルが最初に日本で紹介された時は、日本コロムビアからの発売でした。フランスに数多く残るバロック音楽ゆかりの宮殿での演奏会を再現した、空想音楽会のシリーズは忘れられない。その後、1970年代半ば、エラートの日本での発売権は RVC に移るが、移った当初は日本コロムビアのような輝きのあるエラートの音が作れず、エンジニアが苦労したと言われています。さらに、1990年代エラートはワーナー・ミュージック・グループの傘下となりますが、ワーナー・ミュージック・グループでは1970年代初期音源のCD化にあたってはレコード時代の音質を復活させようとしてマスタリングを当時エラートを担当した日本コロムビアに依頼したという経緯があります。東京赤坂に当時「東洋一」と謳われた日本コロムビアの録音スタジオが完成したのは1965年。この録音スタジオとカッティング室が同一ビル内にあることから、1969年にはテープ録音機を介さず、録音スタジオとカッティング室を直結して、ミキシングされた音を直接ラッカー盤に刻み込むダイレクト・カッティングのLPを発売して音の良さで話題となったこともあります。奇しくも同時期に米国シェフィールド・ラボから発売された同じダイレクト・カッティングのLPが輸入盤として注目されていただけに、NHKの放送スタジオのレコードプレーヤーが同社製であることと日本コロムビアはレコード・ファンの好評を定めました。日本コロムビア録音部ではダイレクト・カッティングを経て、1972年のPCM録音機の導入以降、録音機の小型化、高性能化と並行して、様々なデジタル周辺機器の開発へ進みます。その後、1981年にはハードディスクを用いたデジタル編集機の登場。そして、86年、日本から始まったCD化の波は世界中に波及し、CD工場を持たない国内外のレコード会社はこぞって日本にマスターテープを送り、CD生産を依頼してきました。しかし、時代の流れの中で日本コロンビアの会社経営母体が日立からリップルウッドに移り、スタジオの廃止は逃れられなかったようです。
さて、エラート(Erato Disques, S.A.)は古楽録音で大きな実績をもつ最古参レーベルです。レーベル名はギリシャ神話に登場する文芸の女神・エラトーからとられている。独立系レーベルとして1953年にフランスで設立された。芸術責任者のミシェル・ガルサンの下、フランスのアーティストを起用した趣味性の高いLPを数多く制作し、クラシック音楽を中核とし、とりわけフランス系の作品や演奏家の紹介に努めてきました。その中心的なレパートリーはバッハ以前の古楽でした。日本ではバロック音楽すべてが含まれる場合もありますが「古楽」は、古典派音楽よりも古い時代の音楽=中世、ルネッサンス、ごく初期のバロック音楽の総称です。作曲された時代の楽器、演奏方法は、時代を経るにつれ変遷を遂げてきています。近年の「古楽」ジャンルの録音は、19世紀から20世紀にかけて確立されたクラシック音楽の演奏様式ではなく、現代の楽器とは異なる当時の楽器で、音楽史研究に基づいて、作曲当時の演奏様式に則った演奏によっています。但し、オリジナル楽器録音への取り組みはやや遅く、本格化するのはフランス系以外の奏者を積極的に起用するようになった1980年代以降。中心を担ったのはクリストファー・ホグウッド、トレヴァー・ピノック、トン・コープマン、ジョン・エリオット・ガーディナー、スコット・ロスといった、グスタフ・レオンハルトたちよりも一世代後のおんがくかたちです。そこにフランス人の演奏家の名前がないのがかつてのエラートを知る者にとっては寂しい限りです。
是非ともソロ・ヴァイオリンとチェンバロに注目してお聴きください。