ガリレオの苦悩
著者:東野圭吾
出版:文芸春秋 文春文庫
“悪魔の手"と名のる人物から、警視庁に送りつけられた怪文書。そこには、連続殺人の犯行予告と、帝都大学准教授・湯川学を名指して挑発する文面が記されていた。湯川を標的とする犯人の狙いは何か?常識を超えた恐るべき殺人方法とは?邪悪な犯罪者と天才物理学者の対決を圧倒的スケールで描く、大人気「ガリレオ」シリーズ第四弾。今作も科学トリックが冴え渡る。福山雅治主演のドラマ「ガリレオ」も高視聴率を連発し、大いに話題となった。『容疑者Xの献身』で警察には協力しないと宣言した湯川が、再び迫り来る事件に対峙する。「落下る(おちる)」「操縦る(あやつる)」「密室る(とじる)」「指標す(しめす)」「攪乱す(みだす)」の短編、全5編。---データベース---
天才物理学者の帝都大学准教授・湯川学が常識を超えた謎に挑むガリレオシリーズの第4弾です。第3弾の「 容疑者Xの献身」での事件で二度と協力することはしないと決めた湯川教授を、再び警察に協力するように仕向けていく様が実にうまく描かれています。ところで、この作品から女性刑事の内海薫が登場しています。テレビシリーズではこの内海が湯川と渡り合い、小説でメインであった草薙がサブに回る形になっています。まあ、ここで草薙が係長になってるということも影響するのですけどね。その辺りの経緯は以下のようです。
ガリレオシリーズの小説をすべて読んでいる方はご存じだと思うのですが、小説では、ガリレオシリーズ第3弾の【 容疑者Xの献身】まで、内海薫刑事はいっさい登場していません。もともとが、刑事の草薙が抱えた難解な事件を、物理学者の湯川が科学的見地から解決するという設定の小説であったため、女性刑事の登場はなかったのです。つまり、湯川准教授と草薙刑事の二人が主役の小説、それが小説版「ガリレオ」だったわけです。それに、ネタ切れのため、【容疑者Xの献身】以降このシリーズで小説を書くことはないであろうと、東野圭吾は考えていたらしいのです。だから、内海薫という女性刑事は、ガリレオシリーズでは登場しなかった可能性もあったのです。
ところが、これでガリレオシリーズ最終作にしようと考えていた「容疑者Xの献身」が、2006年の本格ミステリ大賞や2005年下半期第134回直木賞など数々の賞を総なめにするベストセラーとなってしまいました。そこでTV局(フジテレビ)は、既に短篇集で出版されていた「探偵ガリレオ」「予知夢」をガリレオシリーズとしてテレビドラマ化することを東野圭吾氏に打診したのです。しかし、テレビドラマに当たっては、フジテレビ側からある提案がなされました。その提案が、華をそえるための「女性刑事」の起用でした。
そして、福山雅治(湯川准教授)と柴咲コウ(内海薫刑事)を主演とした テレビドラマ「ガリレオ」は、平均視聴率20%を超える大人気番組となります。こうなると、あらゆる賞を受賞した「 容疑者Xの献身」の映像化も当然話に出てくるわけです。既に、テレビドラマ「ガリレオシリーズ」にはなくてはならない存在となってしまった内海薫刑事。映画化の成功を考えると、登場させないわけにはいかなくなったわけですね。
つまり、内海薫という女性刑事は、映像用に作り上げられたキャラクターだったわけです。そして映像版では、湯川教授との絡みは内海薫刑事のほうが断然に多くなり、小説版ではメインキャラクターだった草薙刑事がサブキャラクターへと降格させられてしまったというわけです。そして、東野圭吾氏は、女性刑事を先に自分の小説に登場させることを条件にこの提案を承諾し、内海薫刑事がガリレオシリーズに登場することになったのです。それが本作ということになります。
第一章 落下る(おちる)
マンションから女性が転落死します。被害者のへやに転がっていた鍋から被害者の血痕が見つかったことなどから、他殺の疑いが浮上します。被害者の大学の先輩である岡崎光也が直前に被害者の部屋を訪れていたと名乗り出ます。岡崎はマンションを出た後にしばらくの間近所にいて、その後に被害者が転落した場面を目撃し、ピザ屋の店員にぶつかったと主張する。捜査にあたった若手女性刑事の内海薫は女性用の下着が入った宅配便が玄関の靴箱の上にあったことなどから、岡崎と被害者が恋人関係にあると疑いますが、どうやって被害者を転落させたかは解明できません。そこで薫は草薙俊平に紹介状を書いてもらい、捜査に協力しないと言っていた湯川学のもとを訪れます。ここでは草薙がほとんど活躍しません。ちょいとふしぜんさがのこり、さらに事件解決のトリックもちょいと理解し難いところがあります。
このストーリーは以下から無料で読むことができます。
第二章 操縦る(あやつる)
元帝都大学助教授の友永幸正は、かつての教え子たちを家に招待して酒を酌み交わしていました。友永が寝室で休んでいる時に、教え子たちが話していると、離れ家から炎が噴きはじめます。離れ家には友永の息子の邦弘が独り暮らしをしていて、焼け跡から死体として見つかります。現場から見つかった死体は、鋭利な刃物で刺されて死んでいました。草薙たちが友永から話を聞いていると、そこに湯川が現れます。そう、この飲み会は帝都大学のあつまりで、そこには湯川も含まれていたのです。
これはしっかりとした物理系のトリックがえがかれていますし、そこに家族関係のストーリーも絡んでいます。恩師の研究の成果を自ら再現し、その上で湯川は友永に自首を勧めますが、友永が拒否する理由もしっかりしていてなかなか泣かせる話になっています。ただ、それに対する湯川たちの対応も素晴らしいのですがやや現実味がないのが苦しいところでしょうか。
第三章 密室る(とじる)
湯川はペンションを経営する友人の藤村からある事件の謎について相談され、彼の経営するペンションに招待されます。それは藤村のペンションに宿泊した客がガードレール下に転落死した事件でした。事件前に藤村が被害者を呼びかけるも返事がなく、マスターキーで鍵を開けるも、ドアチェーンがかかっていて、窓にも鍵がかかっていたのです。いわゆる密室殺人ですな。時間を置いて二度目に部屋へ行き声をかけても返事がなく、マスターキーでドアを開けると、寝返りをうつような音がして、人の気配がしました。ところが、しばらくして、部屋の窓が開いていて、被害者は転落死していたのです。
物理系のトリックというかホログラムの現象がこんなにうまく作用するのかはちょっと疑問ですが、そこに人間関係のあやがうまく取り込まれていて密室殺人のからくりがさらっと描かれていきます。
第四章 指標す(しめす)
ハワイ旅行から帰ってきた家族が祖母が殺されているのを発見します。その家からは金の地金十キロも盗まれていて、さらには飼っていた犬も消えています。犯行のあったと思われる日に被害者宅を訪れていた保険会社のセールスレディの真瀬貴美子に疑いの目が向かいますが、容疑を裏付ける証拠も見つかりません。真瀬貴美子には一人娘の葉月がいますが、真瀬家を張り込んでいた薫はこの葉月が家から出てきたので後をつけます。葉月は不可解な行動をしますが、付けていくと不法投棄が行われている場所で、洗濯機に捨てられた犬の死骸を発見します。
第五章 攪乱す(みだす)
警視庁に『悪魔の手』と名乗る人物から怪文書が送り付けられてきます。そこには、警察に対する犯行の予告以外にT大学のY准教授に助けてもらえと書かれています。悪戯かどうか困惑していると、湯川から草薙のもとに電話がかかってきます。湯川のもとにも『悪魔の手』から手紙が届いていた。つまりは湯川に対する挑戦です。
結論として科学者対科学者の対決が見られるストーリーですが、なかなかスケールの大きい劇場型犯罪である点でしょう。人生設計を狂わせる環境の変化に犯罪者はついていけないんでしょうかねぇ。ここでは超指向性スピーカーにより平衡感覚を狂わせ死に至らせることが実証されていきます。ただ、このストーリーの冒頭の描写はちょっと違和感を感じます。でも、変質科学者はこんなもんなんでしょうかねぇ?