久石譲 『illusion』
曲目/
1.Zin Zin 4:22
2.Night City 5:16
3.81/2の風景画 4:50
4.風のHighway 4:33
5.冬の旅人 4:29
6.オリエントへの曳航 4:46
7.ブレードランナーの彷徨 4:28
8.L'etranger 5:14
9.少年の日の夕暮れ 4:29
il10.lusion 5:16
歌、ピアノ、シンセサイザー/久石譲
初出/1988/12
NEC Avenue N32C-702
キャリアの長い人であればあるほど、意外な作品というものを作っていたりしますが、今回はそんなこのアルバムをとりあげます。 久石譲『Illusion』。実はこれは彼の4枚めのアルバムなんです。JOE HISAISHIの名前だけで捕獲したものです。当初はPOPアーティストとしてデビューしていたんですなぁ。じぶんでも、髪の毛がふさふさしている久石譲にはびっくりしたものです。
久石譲というと、たいてい現在のイメージでは、宮崎駿と北野武の映画の劇伴作曲家で、ピアノを自在に操って弾いて、バックではオーケストラが華麗に鳴り響いて、やたら煽情的に感動的みたいな音を作っているという感じですが、この世界にデビューした出だしの頃というのはそうでもなかったのですよ。名前の久石譲も当時活躍していたクインシー・ジョーンズの名前をもじり漢字に当てたものに由来するということ、知ってました?
メジャーのきっかけはやっぱり宮崎駿の「風の谷のナウシカ」からなんですが、人生どこにチャンスが転がっているかわかりません。かの細野晴臣が音楽担当で決まっていたところをイメージが合わないということで、宮崎監督は映画公開以前に出した「ナウシカ」イメージアルバムで作曲した久石に差し替えで大抜擢してという流れでメジャーに認知されます。あまり知られていませんが、 その直後「Wの悲劇」音楽担当にも抜擢されて、以後しばらくは打ちこみメインのポップス系楽曲を作っていたという時期があるんですよ。確か中島みゆきだとか中森明菜、石川秀美、立花理佐、今井美樹、和田加奈子なんかを担当していたと記憶しています。 どれも、あまりシングルで取り上げられることなく、アルバムの一曲という感じで、さりげなくパーソネルに編曲家として彼の名前が載っていたり、 なんてのが80年代後半のポップス系のアルバムには、ちらちらとあります。
そういう仕事の流れで、どういうわけか、このアルバムはなんと彼の今のところ唯一の「歌謡ポップスアルバム」として送り出されました。久石譲の歌声を聴くことができるんですからファンは見逃せません。当時のポップス畑で仕事のノウハウから、ポップスというものがどういうものなのか、どういう音が流行りなのか、というのは充分すぎるほど知っていたんじゃないでしょうか。全体は当時の流行とも言えるAORを基調としていて、ともあれ聴いていると当時の音楽シーンというものが走馬燈のように過ぎる。
例えば「NIGHT CITY」など夜のドライビングにぴったりな角松敏生や浜田省吾あたりのAORシティポップスだし―――オメガ・トライブの杉山清貴あたりの匂いも感じます。 ワールドミュージックをごちゃごちゃ打ちこんだインスト「オリエントへの曳航」からもろエレポップな「ブレードランナーの彷徨」と来ると、すわTMネットワーク、と思わず浮き足立ってしまう――タイトルもTMっぽいしね。 面白いのがシングルになった「冬の旅人」で、一聴して来生たかおの歌う「楽園のDoor」?なのだが―――ストリングスの配し方が萩田光雄っぽい、 何度か聴いていると当時アイドルポップスで流行った擬似フレンチポップスモノ、松本伊代「さよならは私のために」だとか、河合その子の「雨のメモランダム」だとかも思い出したりしてしまいます。 メロウなスローナンバー「風のHighway」だとか、「L'etranger」「少年の日の夕暮れ」とかになると、固有名詞を超えて非常に匿名性の高い、よくある80'S歌謡ポップスのひとつと化してしまっています。
ちなみに作詞担当は松本一起、三浦徳子、冬杜花代子で、彼らのポップス然とした詞作がより一層匿名性を高めているとも言えるでしょう。そして、最後の一曲「illusion」はアルバムタイトルとともに久石譲のピアノソロが展開され、そこにベースとストリングスが加わるという曲でこの盤は終わります。まさに今に続く久石譲の原点がここにあると言ってもいいのではないでしょうか。