ドクター・デスの遺産 | geezenstacの森

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ドクター・デスの遺産

 

著者/中山七里

出版/角川書店

 

 

 “どんでん返しの帝王”が放つ、社会派医療ミステリ!

「死ぬ権利を与えてくれ」・・・・・・
命の尊厳とは何か。安楽死の是非とは。

警視庁にひとりの少年から「悪いお医者さんがうちに来てお父さんを殺した」との通報が入る。当初はいたずら電話かと思われたが、捜査一課の高千穂明日香は少年の声からその真剣さを感じ取り、犬養隼人刑事とともに少年の自宅を訪ねる。すると、少年の父親の通夜が行われていた。少年に事情を聞くと、見知らぬ医者と思われる男がやってきて父親に注射を打ったという。日本では認められていない安楽死を請け負う医師の存在が浮上するが、少年の母親はそれを断固否定した。次第に少年と母親の発言の食い違いが明らかになる。そんななか、同じような第二の事件が起こる――。---データベース---

 

 刑事犬養隼人シリーズ第4作にあたります。初出は「日刊ゲンダイ」で2015年11月3日号から2016年4月30日号まで連載され、大幅に加筆修正されたうえで、これが不思議なのですが2017年5月31日に角川書店より単行本として発売されたものです。「日刊ゲンダイ」が講談社系なのにどうして何でしょうなぁ。

 

 このブログで犬飼隼人シリーズを取り上げるのは今の所最新刊の「ラスプーチンの庭」についでということになります。また、単行本としては単に「ドクター・デスの遺産」となっていますが、文庫本化にあたってはシリーズ性を明確にするということで、すべて最後に「刑事犬飼隼人」が付け加えられています。

 

 このシリーズは医療にまつわる事件が多いのも特徴でしょう。本シリーズにおいて、犬養には重い腎臓病に苦しむ沙耶香の存在があるため、おのずとテーマが医療関係になります。今回は「安楽死」という命題で、苦しい痛みを伴う難病や末期がんの凄惨さは本人もつらい、看病する家族もつらいです。また、少子高齢化の今後の老老介護の深刻さの中で愛する人の苦しみを少しでも軽減したいし楽にしてあげたいと思うのはいけないことなのか?そういう問題に直面している人間にとっての重要な問題点の提起といってもいいでしょう。事件の発端はこんなものです。

 

 警察に通報が入ります。相手は小さな男の子で、内容は自分の父親が悪い医者に殺害されたという内容でした。

悪戯電話と思いつつも、電話を受けた女性は同期で刑事の高千穂明日香に相談します。明日香はコンビを組む犬養隼人を巻き込み、通報主である男の子に会います。確かに父親は亡くなっていましたが、がんを患って自宅療養していたため、亡くなったからといって殺人とは限りません。一方、男の子は医者が二人来たと口にしていて、怪しんだ犬養は死体を解剖に回します。すると血中のカリウム濃度が異常に高くなっていることが判明します。それは過去の安楽死事件の患者のデータにそっくりで、普段往診に来ている医師とは別の医師が塩化カリウム製剤を注射して殺害した可能性が浮上します。

 

 その医師は女性看護師を連れていたということで、警察は二人の行方を追います。犬養たちが母親を追及すると、彼女はドクター・デスという人物に殺人を依頼したことが判明します。しかし、その費用はたったの20万円なのです。

 

 ここで登場するドクター・デスとは、積極的安楽死を推奨した病理学者のジャック・ケヴォーキアン(1928-2011)の異名なのです。チオペンタールの点滴によって患者を昏睡状態に陥らせた後、塩化カリウムの点滴で患者を心臓発作で死に至らしめる自殺装置を考案しました。スイス・オランダ・ベルギーなど条件付きで安楽死を合法としている国は確かに存在しますが、日本では認められておらず、東海大学安楽死事件でも、家族に求められて患者に塩化カリウム製剤を注射して死に至らしめた医者には懲役2年・執行猶予2年の有罪判決が下されています。

 

 この作品では、犬飼は自分の娘を囮捜査に使うことを決断します。もちろん沙耶香に危険が及ばないよう配慮はしますが、刑事として、そして一人の父親としてまともな神経をしていれば口にもしないほどの無茶苦茶な捜査です。この件、ドクター・デスは犬養の思考のさらに先を行き、本物の沙耶香の病室に塩化カリウム製剤の入った点滴バッグを送ることで警告します。

 

 ドクター・デスの割り出しには特徴がないため手こずりますが、その女子湯わ勤めた看護師は捜査の網に引っかかり、そこからドクター・デスに迫る糸口をつかみます。そこから事件は急展開を見せます。ただ、大きなどんでん返しが待っています。

 

 ところで、中山作品にはスマホはあまり登場しません。ここでも、ドクター・デスとのやりとりはパソコンを使っています。当然警察の捜査はサイバー担当も絡んでくることになります。しかし、その通信履歴は海外のサーバーを利用していることで、その筋からは居処をつかむことができないという設定になっています。当然でしょうなぁ。ところが、ドクター・デスは河川敷でテント生活をしていることがわかってきますが、こんな環境でどうやってパソコンを介して連絡を取っているかという疑問が沸き起こります。逮捕がいとも簡単にできてしまうことに犬飼は違和感を覚えますが、小生はその前にこういう違和感を感じてしまいました。

 

 この作品2020年に映画化されています。ただ、本来の主人公の犬飼に対してエンタメ性を前面に出しているので相棒の高千穂明日香を前面に出しての演出になっているため、本来のテーマが薄まってしまっています。そして、捜査はスマホがメインに使われていて、ドクター・デスとのやりとりもスマホで行われます。こんな設定に変えては現実的エンタティメントとしてはいいのでしょうが、現実味を殺しています。映画が低評価で終わったのもそういう安直な作り方にも問題があったからなのではないでしょうか。この作品は絶対小説で楽しむべきです。