久しぶりのウオーキング | geezenstacの森

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久しぶりのウオーキング
太田川から聚楽園

 

 民間の鉄道会社はこの10月から早々とウオーキングを再開しました。今回はその中から名鉄ハイキングをチョイスし参加しました。今年の名鉄のウォーキングは同じコースを土曜と日曜日の両日開催として、参加者の分散を図っています。
 
 

緑の多い太田川駅前
 
 最近の名鉄はミュースカイしか載っていなかったのでこのタイプの車両は初めて乗車しました。
 
 

 
 いま駅前広場は緊急事態宣言が解除されて「どんでん夜市」が開催されています。
 
 
 上が今回のコースです。右下のカット部分には当日利用可能のファミマの割引券がついていました。100円以上で50円引きというクーポンで最大半額になるものです。しっかり利用させてもらいました。(^◇^;)
 
 
 こちらは個人的には懐かしい駅前にある小嶋病院です。友人が20代の時に勤めていた病院で何度か遊びにいった記憶があります。
 
 
 上のコース図の「弥勒寺」の手前にこんな碑が建っていました。この辺りは昔は海岸線があったということでしょう。昔は知多半島は交通の要所でもあったんですなぁ。
 
 
 ここにはこんな祠も設置されています。
 
 
 こちらはその「弥勒寺」です。知多四国88箇所霊場の83番目の札所になっています。
 
 
 この日も多くの巡礼者が訪れていました。
 
 
 こちらは山門になります。
 
 
 門には仁王像が睨みをきかせています。珍しいのは門の表と裏に仁王像が設置されていることです。
 
 
 コース上の「大池公園」です。この一角には東海市の市役所も置かれています。
 
 
 名前の由来の大池です。
 
 
 
 管理事務所の一角では書作展も開催されていました。
 
フラミンゴ
 
キンケイ
ロバ
 
 この大池公園には小動物園があり、子供たちがたくさん見入っていました。
 
 この大池公園からは東進して東海市出身の「細井平洲記念館」に向かいます。恥ずかしながらこういう人物が愛知県にいたことは全く知りませんでした。
 
 
 入り口にはマスコットの平洲くんがお出迎えです。
 
平洲記念館
 
 右が細井平洲、左は上杉鷹山です。
 
 細井平洲は江戸中期の儒者。尾張の人。名は徳民。字は世馨。号平洲、如来山人など。通称甚三郎。名古屋で中西淡淵に学び、江戸に出て家塾嚶鳴館を開く。学風は新注と古注を折衷する。明和八年(1771)米沢侯上杉鷹山に招かれ、安永五年(1776)藩校興譲館がなって、その学規学則制定に尽力した。後に尾張藩儒となり、明倫堂の督学となった。温柔敦厚の人格を存して、庶民教化にも大きく貢献した。著「嚶鳴館遺稿」「嚶鳴館詩集」「詩経古伝」など。享保一三~享和元年(1728‐1801)
 
 
 
 
 著作もたくさんあり、その版木も展示されていました。
 
 
 平洲は漢学に精通していましたから書や水墨画も残しています。
 
 
 これだけの地域でその足跡を残しています。
 
 
山形県米沢氏にある「上杉治憲(鷹山)敬師の像」
 
 
 
 この平洲記念館には「郷土資料館」も併設されていて、東海市の歴史も学ぶことができます。
 
 
 
 
 
 
 
 すぐ隣には神明社もあります。
 
 
 あとはひたすらゴールの聚楽園駅に向かいます。その途中にはスパやプールが併設された「東海市しあわせ村」があります。
 
 
 こちらが聚楽園の大仏です。昔は名鉄電車の車窓からこの大仏がよく見えました。
 
 
 この大仏は、昭和天皇の成婚を記念して開眼供養された多目的公園内の大仏。守口漬を考案した名古屋の実業家である山田才吉が建立したものです。像高18.79mの鉄筋コンクリート製です。
 
 
 この大仏の前にも仁王像が立っています。
 
 
 ゴールの名鉄聚楽園前駅のロータリーです。いゃあ、この日も暑かったです。