禁裏付雅帳(12)
継 争
著者:上田秀人
出版:徳間書店 徳間時代小説文庫
罠と知りつつ、江戸へ向かう禁裏付の東城鷹矢。待ち受けるのは老中首座松平定信だ。幕府の走狗として京に赴き、朝廷の弱みを探る密命をこなしてきた。しかし、その結果朝幕の主導権争いに巻き込まれ命を狙われることになった。この不毛な争いに終止符を打たなければ。道中の刺客を次々退け、決意を胸に定信と対峙した鷹矢だが――。二大権力の暗闘の行方は!?
大人気シリーズ、堂々完結!---データベース---
寛政の改革」を主導し田沼時代を一蹴して倹約令を出し、奢侈を禁止した政治は、後に大田南畝により「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」などと揶揄されます。定信の辞任はこの小説のテーマにもなっている「尊号一件」が原因と言われることが多いのも事実です。大政委任論では朝廷の権威を幕政に利用するのですが、光格天皇が実父の閑院宮典仁親王に太上天皇の尊号を贈ろうとすると朱子学を奉じていた定信は反対し、この尊号一件を契機に、父である治済に大御所の尊号を贈ろうと考えていた将軍・家斉とも対立していた事件です。この件については以下の逸話が伝わっています。将軍・家斉と対立し、怒った家斉は小姓から刀を受け取って定信に斬りかかろうとします。しかし御側御用取次・平岡頼長が機転を利かせて、「越中殿(定信)、御刀を賜るゆえ、お早く拝戴なされよ」と叫んだために家斉も拍子抜けし、定信に刀を授けて下がったということです。
こういう流れの部分が、この巻で描かれるベースになっています。そして、さらに鷹矢たちに帯同して江戸に来た仕丁の土岐が東城家の屋敷で松平定信と対面し朝廷の立場を天皇に替わり滔々と述べるシーンが登場します。これは東城鷹矢が登城する前に置かれているのですが、その後、上の状況になるのですが、松平定信の悪あがきとしか思えない展開が待っています。
ただ、200石の加増の報償で登城したにもかかわらず、いつしかその件はうやむやになり、将軍の羽織を賜るだけで終わるという不可解な結末で終わっています。また、禁裏付になったばかりの鷹矢は10年という役目を全うするために京都に戻ります。
と、京都に戻るところまでで、この物語は突然に終わります。なんか、梯子を外されたような唐突な終焉です。小説の終わり方はいろいろありますが、娯楽小説の場合は大団円で終わって欲しいものです。あるいはどの読者が読み終わっても、この先展開はこうなる以外は無いと納得できる終わり方をしてほしいものです。
この巻も、松平定信との対決から将軍への拝謁と話が進み、後は松平定信の失脚が待っている訳で、主人公が京都に戻りさてどんな活躍をするのか楽しみだったのに、「後は読者の思いに任す」というあとがきは作者の息切れでしょうか、唐突に終わってしまったのは、他のシリーズではこんな事なかったのに、少々残念な結末でした。
付け加えると、1788年には京都での大火事となる「天明の大火」が発生しており、この時は松平定信が京都まで出向いて対応しているという事実があるのですが、この事件は描かれていません。本来ならこの大火での出費が「尊号一件」にも大きく影響しています。こういう部分も描いて欲しかったなぁ。