蔦屋でござる | geezenstacの森

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蔦屋でござる

 

著者:井川香四郎

出版:二見書房 二見時代文庫

 

 

 日本橋油通町の地本問屋「蔦屋」では今日も「狂歌連」の面々が集まっていた。喜多川歌麿、山東京伝、滝沢馬琴、十返舎一九ら、売れっ子の戯作者、浮世絵師らが、江戸一番の出版人・蔦屋重三郎のもと、庶民を苦しめる老中・松平定信の悪政に痛烈な批判を浴びせていたのである。単なる批判にとどまらず彼らは、権力を笠に着て下々を苦しめる奴らは許せぬと、裏始末に及ぶ。---データベース---

 

 タイトルだけで主人公が蔦屋重三郎とうことがわかります。当初はシリーズ化が考えられていたようですが、続編はありません。まあ、読んでみればわかりますが、設定があまりにも突拍子もなく、史実と照らし合わせていくと矛盾だらけという点がシリーズ化を阻んだのではないでしょうか。

 

 何しろ蔦屋から出版された戯作者や浮世絵師がオールスターで登場しているのですからさもありなんという感じです。

 

蔦屋重三郎 寛延3年1月7日(1750年2月13日) - 寛政9年5月6日(1797年5月31日)

喜多川 歌麿 1753年(宝暦3年) - 1806年10月31日(文化3年9月20日)

山東 京伝 宝暦11年8月15日(1761年9月13日) - 文化13年9月7日(1816年10月27日)

滝沢馬琴 明和4年6月9日(1767年7月4日) - 嘉永元年11月6日(1848年12月1日)

十返舎 一九 明和2年(1765年) - 天保2年8月7日(1831年9月12日)

東洲斎写楽 活動期間: 1794年 - 1795年の10ヶ月間

 

という人物が登場しています。ここで、写楽はまだ15歳の女性でお楽という名前で登場しています。さらにこの小説では蔦重が主催する狂歌連のメンバーに北町奉行所の与力長崎千恵蔵まで登場しています。要は権力側と通通の関係で狂歌連が催されていることになっています。ちょっとありえないわなぁ。

 

 小説の中で山東京伝が手鎖の刑を受けたことが書かれていることから時代は1791年以降ということがわかります。しかし、この年以降でのお楽の登場ですから、このまま続編が描かれると写楽は18歳で作品を発表することとなり大いに矛盾が露呈してしまいます。また、史実として山東京伝が滝沢馬琴を蔦屋の手代として働いたのは1792年以降ということになります。また十返舎一九が上方から江戸へ戻ったのは1794年で蔦屋重三郎方に寄食して、用紙の加工や挿絵描きなどを手伝っています。これらの登場人物が重なる期間としては1794年以降ということになりますから、ますますお楽の写楽というのはあり得ないことになります。

 

 章立ては以下のようになっています。

 

第1話 夢の浮島

第2話 鬼ヶ島の平蔵

第3話 万華鏡の女

第4話 裏始末の掟

 

 話の内容が見えてこないタイトルが続きますが、要は表の家業の出版・プロデュースとしての仕事と裏家業としての必殺仕置き人的な働きを兼ねる人物として描いています。そのため、馬琴と一九は剣の達人として登場していますし、山東京伝は尾張徳川家の御落胤という設定になっています。何でもありですな。さらには第2話では火盗改の長谷川平蔵が登場します。鬼の平蔵と言われたことからここでの話にも鬼ヶ島の平蔵とタイトルがつけられていますが、まさしく悪の親玉としての登場で、馬琴や一九の活躍、そして、何とお楽まで鬼ヶ島に上陸して鬼ヶ島の実態を調べ上げます。史実では石川島人足寄場の設立などで功績を挙げていますが、この小説ではその石川島が鬼ヶ島として設定されています。ということで、鬼は退治され、平蔵は火盗改の役を辞すことになります。史実的には8年で退いたことになっていて、1795年に職を辞し、その3ヶ月後に亡くなっています。

 

 万華鏡の女は多重人格者としての女を描いています。最初はただの未亡人と思えた女が蔦屋の面々が調べていくと女がいろいろな男と付き合っていたことがわかります。最初はただの横領事件の顛末かなと思いきや事件は思わぬ方向に発展していきます。ただ、話はややちゃらんぽらんで、最後に蔦屋重三郎が一九にこの事件を題材に黄表紙を描かせるという展開にちょっと落胆です。

 

 最終話はお楽を裏始末の仲間に加えるためのストーリーで米相場の下落を題材にして展開していきます。下々の人間が権力者である勘定奉行と米問屋の悪事を成敗するのですが、荒唐無稽でやや肩透かしを食います。ただ、この事件でお楽こと写楽が裏始末のメンバーに加わり、これから本格的に展開していくのかと思わせる終わり方です。しかし、続編はありません。