カツァリスの田園
曲目/
ベートーヴェン/リスト編曲交響曲第6番 In F, S 464/6,
1. Allegro Ma Non Troppo 12:25
2. Andante Molto Mosso 13:01
3. Allegro 5:39
4. Allegro 3:43
5. Allegretto 9:18
ピアノ/シプリアン・カツァリス
録音/1981 テルデック・スタジオ ベルリン
TELDEC 9031-71619-2
シプリアン・カツァリスの名は、80年代にベートーヴェンの交響曲全曲をピアノで演奏する録音をリリースしたことで、一躍世界に広まることとなりました。これはカツァリス自身がリスト編曲版にさらに手を加え、研究を重ねてスコアを練り直して演奏したもので、非常に高度なテクニックと音楽性を必要とする録音でした。オーケストラの総スコアが頭に入っていなければならず、リストがこれをピアノに置き換えたさい、手を焼いた箇所がいくつかあるからです。ですから、このディスクは、まさにピアノ1台でオーケストラを思わせるようなスケールの大きな曲に仕上げているのです。
フランツ・リスト(1811−86)は、ベートーヴェンの交響曲をすべてピアノ独奏に編曲しました。編曲は1837年から65年まで、足掛け28年にわたってコツコツ行われました。これは、録音技術がなかった時代に、ベートーヴェンの交響曲を広く知らしめようといういわば啓蒙活動とでも言えます。そんなことで、誰でも気軽にレコードやCDを聴ける時代になると存在価値は失われ、
当然録音なんてされず、わずかに変人グレン・グールドが1960年代に「交響曲第5番」と「田園」の一部を録音したくらいでした。
ところが1980年代、シプリアン・カツァリスという30そこそこの若いピアニストが何を思ったのか全曲録音を完成させます。
しかもリストが「ピアノ1台じゃこりゃ弾けんだろ」と省いた音やパートまで追加、より原曲に近い再現を目指すこだわりぶりです。この「田園」はその第1弾として録音されています。そんなこともあり、このディスクは交響曲第6番1曲のみの収録となっています。
「81年に第6番《田園》を入れてから、足かけ8年かけて全9曲の録音を完成させました。長かったような、短かったような…」
こう語るカツァリスは、この全曲録音ではリストが悩んだ箇所にこそこだわり、随所に和音を加え、演奏不可能と思われるほどの音符を追加しています。いってみれば、リスト編曲版に補筆しているといってもいいでしょう。ですから、よく聴くとダルベルト盤やグールド盤よりも音が多いのがわかります。まあ、それはベートーヴェンの楽譜により近い形で音を足しているということなのでしょう。
個人的にはピアノ版の「田園」を最初に聴いたのはハルモニア・ムンディ・フランスから発売されているミシェル・ダルベルトでした。ところがこのダルベルトの演奏、期待に反して第1楽章の提示部を反復していません。ですから演奏時間も、
1.9;28
2.12:49
3.6:15
4.3:29
5.8:45
となっています。テンポの設定もダルベルトはカラヤンばりに早く、このカツァリスは比較で言えばフルトヴェングラー並みに遅い演奏です。当時は田園は遅い演奏が好みでしたのでダルベルトは受け入れられませんでした。そんなことで、このカツァリスを買い直したという経緯があります。
このカツァリス盤、当初はレコードで発売されています。それが下のジャケットで、
大きくDMMのマークがあしらわれています。これは「Direct Metal Mother」仕様という表記です。要するにメタルマザーから直接プレスしていますよとい印なんですが、デジタル録音と相まって音が良いことを強調していたんですなぁ。欧米の評価も最初は遅すぎる演奏ということで評価は散々でした。
しかし、全集録音が進むにつれて徐々に評価は上がり、全集完成の暁には快挙として賞賛の嵐でした。一貫したポリシーに基づいてのリスト編曲版の完成であったからです。