遺 品 博 物 館
著者:太田忠司
出版:東京創元社 創元クライムクラブ
遺品博物館は、その名のとおり遺品を収蔵する博物館です。古今東西、さまざまな遺品を蒐集しております。選定基準については諸事情によりお話しできません。ただ、ひとつだけ申し上げるなら、その方の人生において重要な物語に関わる物を選ぶことになっております。“遺品”はときに、生者よりも雄弁である―謎の学芸員は、残された者に何をもたらすのか。---データベース---
久しぶりに本を取り上げます。この前取り上げたのが、「ところで、今日指揮したのは?」という秋山和慶さんのほんですから、半月以上が空いています。しかし、この間に20冊ほどの本を読んでいるのですが、イマイチこのブログで取り上げるにはなんだかなぁ、という作品が多かったのでパスしていました。今回取り上げる太田忠司氏の作品は昨年来数々取り上げている作家で、どもと名古屋の出身ということでも贔屓にしています。
短編集八編。遺品を収蔵する博物館という題材は面白いし、どのエピソードもそれなりに読ませる内容になっています。通常の弁護士による財産分与がメインになるわけでは無く、遺品博物館の学芸員である吉田・T・吉夫が、故人の依頼で博物館にふさわしい遺品を選定しつつ、謎を紐解くミステリーとなっています。その遺品には物語が必要ということで、この学芸員が収集する遺品は一風変わったものが選ばれていきます。こういうところが普通の保険調査員とちょっと違うところなんでしょう。
以下の8編が収録されています。
・「川の様子を見に行く」
・「ふたりの秘密のために」
・「燃やしても過去は消えない」
・「不器用なダンスを踊ろう」
・「何かを集めずにはいられない」
・「空に金魚を泳がせる」
・「時を戻す魔法」
・「大切なものは人それぞれ」
「川の様子を見に行く」は偶然に立ち寄った佐野智久の故郷での出来事が描かれます。旧知の友岡八千代の家を訪ねたのですが、当の本人は一週間ほど前に亡くなっていました。本当は下心があっての訪問だったのですが、亡くなっていたことは知りませんでした。そして、焼香だけでもと家に上がるのですが、そこには先客がいました。この男が、遺品博物館の学芸員である吉田・T・吉夫でした。ここで登場するのが箱根の土産で有名な寄木造りの小箱なんですが、からくりを施したこの小箱が事件の謎を紐解いていきます。ラストでのどんでん返しは見事です。
「ふたりの秘密のために」はよくある遺書をめぐる肉親の憎悪が描かれています。医者として成功した父親は莫大な財産を残しますが、彼の趣味は絵でした。若い頃は画家を目指していたというところで、財産は次女の沙恵ひとりに相続させるというのが遺言状の内容でした。五人の子供に平等でないこの遺言ですが、思わぬ遺品がその父親の心情を表しています。それは父親の描いた沙恵のスケッチでした。
とまあこんな調子で、いずれも一篇わずか三十ページほどの作品の中に謎がいくつも詰まっています。登場する遺品も多彩で、寄せ木細工の箱や金魚の描かれたビニール傘といった何の変哲もなさそうな品に、意外な秘密が隠されています。
<少女は自分の余命が短いことを知っていたので、永遠に生きようと思った。>。謎めいた一文は、収録作「不器用なダンスを踊ろう」の書き出しですが、この一文でこの物語の意図が込められています。世間からは落ちこぼれと映る一人の少女の行動は意外な形で、永遠に生きることになります。
これらの作品は、東京創元社の隔月刊雑誌「ミステリーズ」に掲載されたもので、最後の「大切なものは人それぞれ」だけが書き下ろしとなっています。ただ、ここまでの話で、主人公の学芸員吉田・T・吉夫の正体ははっきりとは描かれていませんので、まだ続編が刊行されるのではないでしょうか。