検事 霞夕子 夜更の祝電 | geezenstacの森

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夜更の祝電

 

著者 夏樹静子
出版 新潮社 新潮文庫

 


 だれも祝ってくれない誕生日。孤独をかみしめながら、その日彼女は無惨に殺された。現場に残されたダイイング・メッセージが事件の鍵を握る「夜更けの祝電」。不幸な結婚のせいで自殺した友人のため、復讐を企てた女の思い詰めた気持ちが切ない「早朝の手紙」。その他いずれ劣らぬ難事件を、東京地検主任検事、霞夕子が華麗に推理する。…データベース…

 検事霞夕子シリーズの第2作として登場していたものです。この装丁は2000年に発売された単行本のものです。シリーズ物と入っても前作から15年の月日が流れていますので時の流れを感じさせる時代背景になっています。それにしても、当時は女検事というものが珍しかったんでしょうなぁ。何度もテレビドラマ化されています。原作のイメージからは外れていますが、鷲尾いさ子主演のシリーズが一番印象に残っています。

 

 倒叙小説の形式で、最初から犯人が分かっているというストーリー立てですから興味は警察と検事がタッグを組んでどういう手がかりで事件を解決していくかというのがこの作品の見所でしょう。西村作品の十津川警部シリーズでは検事という存在はなかなか登場してこないので警察の刑事と検事という立場がイマイチ理解できない人が多いと思います。それでもって、事件が解決する前に検事が首を突っ込んできますから刑事は捜査がやりにくいとは思いますが、そこはちゃんと検事の立場をわきまえた行動で、決して頭から警察の捜査に口を出していないところがいいですね。 

 

 『橋の下の凶器』『早朝の手紙』『知らなかった』『夜更けの祝電』の4作が収められていますが、どの作品も前作以降の夏樹静子の成熟ぶりを感じさせる充実した出来です。前作では単に犯人が狡知を巡らせたトリックがささいなことから崩れてしまう面白みだけに頼っていましたが、本作では殺害に至る動機や、殺害後の犯人の心境などに心を打つものがあります。

 

橋の下の凶器  

 

 事件の冒頭の描写が何とも意味深です。最もこの行動があればこそ、後の犯人のアリバイ工作が実に巧みに考えられたことだということが分かります。亡き夫の祖父との同居を疎まれその怨恨から殺人が計画されますが、ちゃんと計算された容疑者作りとアリバイ工作、ただ一つの失敗はナイフのトリックも表面上は完璧だったのにタクシーに乗ったことでした。些細な犯人の言質を見逃さず、巧みな誘導で事件の真相を解く明かしていく検事の腕前は大したものです。

 

早朝の手紙 

  

 早朝ゴルフの練習に出かけようとしてふと郵便ポストを見るとそこには友人の槇さおりの手紙がありました。それを読むと、人が変わったような坪内昇子の行動が始まります。友人を心中からの自殺と見せかける影でとっさに計画したとは思われない殺人事件が進行していきます。最初はどうしてこんな行動をとるのか分かりませんが、徐々にその背景が分かってきます。大切な親友を死に追いやった彼女の夫が許せません。しかも、その夫の圭一郎は自分の仕事のクライアントでもあるのです。

 そこが一つの盲点となって、事件は犯人像をしぼれません。そこに夕子が登場すると、僅かな遺留品を手がかりに男と女の人間関係をひもときながら事件の背景を暴いていきます。たった一枚の遺書が思わぬ証拠となり事件の突破口が開かれます。

 

知らなかった

  

 婿養子に入ったことで妻にはいつまでたっても頭が上がらない夫の刈穂守は、いとも簡単に自宅で妻を撲殺します。辺りは血が飛び散りますがそんなことはおかまいなしです。ぐったりした彼女を車に乗せ、病院へと運び出す算段をします。読み手には実に不思議な行動です。しかし、それは意外な形で事件の形を整えていきます。妻を乗せた車は狭い路地から飛び出したとき走ってきた車と衝突してしまうのです。

 すぐに救急車と警察が到着します。妻は事故で後頭部をぶつけ死んだものと判断されます。事故を起こした車は左ハンドルの外車です。妻は後部座席に座っていて衝突のショックをまともに受けて即死したものと警察は判断します。

 しかし、一人の男がこの事故を不審に思います。夕子の夫はお寺の住職で、彼が不審を口にするのです。それが夕子の耳に入り、事件に関与していきます。最初事故を起こした相手とは利害関係が見つかりませんが、守の愛人であった三鈴という女を通じて顔見知りであることが分かってきます。

 

 ここから検事としての夕子の大胆な推理が頭をもたげてきます。なぜ事故を起こしたのは左ハンドルの外車であったのか、夫婦仲の状況などを被害者の娘などから聞き出すうちに隠された殺人事件を浮き彫りにしていきます。分かってはいても、徐々に事実をつなぎ合わせ真相に迫る夕子の手腕の手際の良さに感服してしまいます。

 

夜更けの祝電

    

 タイトル作です。登場人物は少ないのですが、この一編は倒叙小説の形式をとっていませんので最後まで犯人が分かりません。ただ、登場人物が限られていますから自ずと犯人は絞り込まれています。それは離婚した前の夫の「一木範顕」と、不倫の関係にある「仁科春久」です。

 

 39歳の誕生日の日に「山口美幸」は自宅に戻ってもわびしい独り住まいです。誰からも誕生日のお祝いは届いていません。しかし、日付の変わる夜更け前に「電報」が届きます。こんな時間にまで電報の配達があることに疑問を持ちながらドアを開けると、そこには見知った顔がありました。

 

 そこで事件が発生してしまうのです。彼女は寝室で殺されてしまうのです。これはもう顔見知りの犯行でしかありません。しかし、凶器は発見されますが指紋は拭き取られているし、犯人を特定する決定的な証拠が見つかりません。

 

 しかし、一件の有力な証言が事件を大きく動かします。それは受験勉強をしていた女子学生が聞いた一言でした。こういう展開は予想しませんでしたが、一人の女を巡る二人の男の行動は怪しくも悲しい行動でした。

 

 うーん、ここまで検事が事件の捜査に関わっていると裁判は容疑者には不利でしょうなぁ。