光圀―古着屋総兵衛 初傳―
著者/佐伯泰英
出版/新潮社 新潮文庫
天下の悪法「生類憐みの令」やゆがんだ将軍継承方針など五代将軍綱吉の大義なき政の専横ぶりに御三家定府水戸光圀は憤怒を募らせる。綱吉の背後には、隆光権僧正の影がちらつく。家康との約定により、表の顔は古着問屋、裏の貌は隠れ旗本として徳川守護を五代百年に亘って精勤してきた鳶沢一族。将軍家か大義か、狭間に揺れる若き総兵衛勝頼を描く、新潮文庫百年特別書き下ろし作品。---データベース---
佐伯氏の古着屋総兵衛シリーズの番外編です。新潮文庫100年記念の書き下ろしということです。第1シリーズの6代目総兵衛が15歳のときに徳川光圀に会ったところから話が始まります。今までのシリーズと異なり、回顧するかたちでところどころ時間が戻りますから時系列を追わないと話が混乱します。シリーズ全体のなかでも時間を遡った小説で今までになかった表現方法となっています。ただ、書き下ろしの割には、同じ様な説明が重複したり、氏の別のシリーズの「吉原裏同心」に出てくるような吉原に色目を使った表現が出てきたりと、雑誌連載の悪いところが散見されて書下ろしには思えない作品になっています。結局、この作品の敵役は誰で何の話しだったのかがぼやけてしまっています。
ここで、登場する水戸光圀には助けさん格さんは登場しません。史実としての第日本史編纂の話は登場しますが、それよりも天下の副将軍として徳川家を守る為、水戸光圀と5代目鳶沢総兵衛幸綱・若き日の6代目鳶沢総兵衛勝頼が姻戚関係出会ったことが明らかになり、ために6代目惣兵衛が幕府と水戸家との間にどのように振る舞うかという苦闘する姿が描かれます。タイトルに「光圀」とあるように資料とした文献が語る光圀の晩年の様子が詳しく描かれています。そのため、光圀が養嗣子綱條に跡を譲る経緯や能楽「千手」についての説明があちこち複数回登場したり、それに関する登場人物の史実に関する説明が多くなっています。そのため、いつものシリーズの調子で読んでいると話についていけなくなって読み進むのにやたら時間がかかります。
まあ第1シリーズに繋げる意味合いもありますから、総兵衛の生母の出自とか柳沢保明(のちの吉保)との因縁とかも描かれます。史実とフィクションを織り交ぜ、綱吉と光圀の確執、光圀の甥である三代目藩主への不安、そして、柳沢保明に接近する藤井紋太夫殺害の詳細を、総兵衛を活躍させ大胆に語っていきます。一応、パラレルワールドの世界ですが、光圀が家臣の藤井紋太夫殺害を企てたことは史実のようです。ただ、その現場に忽然と一介の商人である総兵衛が立ち会っているというのがいかにも違和感があります。また、道中で饅頭笠の一団に襲われますが、この敵と会い対する時の大黒屋の一党が影警護についている様は、いかにも安直でその存在に気がつかない敵なら大した連中ではないことが最初からわかります。そのくせ、敵のアジトがなかなか見つけられない設定にはなんかアンバランスな印象を受けますし、最後の決闘の場所が鳶沢村の神君家康の墓前という設定も作為がバレバレで必然性がないので読んでいてなんじゃこりゃということになってしまいます。
もともと「古着屋総兵衛影始末」は徳間文庫から発売されていましたが、最近では新潮社に発売権が移っています。それで、この新しい新潮社版に誘導せんがために無理やり書き下ろされた感がします。ために、やや矛盾する部分が散見されます。ただ、シリーズとしてはこの第1シリーズの方が断然面白いので、こちらはおすすめです。でも、無理にこの初伝は読まなくてもいいのじゃないでしょうかね。