探偵・日暮旅人の遺し物 | geezenstacの森

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探偵・日暮旅人の遺し物

 

著者/山口幸三郎

出版/(株)カドカワ メディアワークス文庫

 

 

 目に見えない物を“視る”ことで事件を解決する探偵・日暮旅人が、待望の帰還!旅人に内緒で子猫を拾った灯衣ちゃんの日々―『テイちゃんと子猫と七変化』。旅人の高校時代。そこには旅人に寄り添った優しき兄妹との時間と、切ない恋の物語があった―『君の音』。ほか、洋館の像の呪いに旅人が挑む『像の殺意』、廃校の謎を紐解く、『畢生の接ぎ』、旅人が五感を失わなかった世界を描く『愛の夢』など、本編では語られなかったエピソード全5編を収録した番外編。---データベース---

 

 人気シリーズだったので、それに甘えて作者が自由にメインストーリーにスピンアウト的な要素を付け加えてのシリーズ番外編となっています。本編ではタイトルに「探偵」がついていますが、その探偵編は終了してしまっているのでこういう形になったのでしょう。短編5作を収録したオムニバスです。

 

目次

像の殺意

畢生の接ぎ

テイちゃんと子猫と七変化

愛の夢

君の音

あとがき

 

▪️像の殺意
とある富豪が溺愛する孫娘に遺した洋館で起きる「動く甲冑」を巡る事件です。ここでは旅人が単身で探偵として現場に乗り込んでいます。スピンアウトですからわざわざ雪路を引っ張り出すまでもなかったのでしょう。しかし、刑事事件が絡んでいるのに警察が登場しない設定というのはちょっとはてなマークがつきます。このシリーズ全体に漂うダークな雰囲気がこの作品には残っています。


 ここでの旅人はある意味傍観者的な立場で描かれており、あくまで主体となるのは屋敷を残した富豪の家族と、屋敷を守り続け狂人と化した老執事のストーリー展開となっています。言ってみれば名探偵コナンのような展開ですが、警察が登場しないぶんホラーとなっています。


▪️畢生の接ぎ
 田舎の集落に残された古い校舎の解体を巡る物語です。このストーリーはシリーズの第1卷の椅子の話に連なる物探しの一編になっています。
 

 教師を定年した後も用務員として学校に残り続け集落の皆から「大先生」と親しまれながら大往生した教師の想いが残った校舎と、老教師に世話になりながら解体工事の指揮を取らなければならなくなった元教え子の葛藤が描かれます。ただ、「良い話」だけに終わっていないのは、最後の最後で校舎に隠されていた物が明かされる部分で、ブラックな歴史に蓋をしてしまうという流れはやはりちょっとブラックなのかもしれません。

▪️テイちゃんと子猫と七変化
 

 この作品だけはWebで発表されていたもので、まるで絵本のような展開になっています。灯衣ちゃんがわざわざテイと表記されているのもそんなところにベースがあるからでしょう。

 

 旅人の養女である灯衣が子猫を拾って、育て、飼い主としての責任感に目覚め、そして子猫を探す母猫の元に返さねばならないという別の責任を受け入れるまでの物語となっています。灯衣の母親はドラッグデザイナーとして刑期に服していますが、そんな母親を灯衣と子猫を重ねて描き、灯衣の年相応の面と、年齢に見合わない厳しい状況に晒されてきた面の両側面を描き出しています。旅人がしっかりとパパ役を演じているのが微笑ましいしあがりになっています。

▪️愛の夢
 

 SFで言うところのパラレルワールドの世界の話になっています。本編の山田手帳こそ登場しますが、何かの加減で山田手帳が人の運命を狂わさず悲劇が起きなかったら、という仮定の上で描かれるストーリーになっています。それは一つの視点ではなく、灯衣の母親灯果がドラッグデザイナーの仕事から抜け出せていたらとか、雪路兄弟が仲違いせず兄・勝彦が自殺していなければ、また、陽子先生と旅人が幼馴染のまま成人出来ていれば…という幸福な世界が描かれています。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の世界ですな。このアナザーストーリーでは幸福な世界が描かれている分、本編は「残念ながらそれはそうならなかった」という悲劇性がより高まる印象となります。

▪️君の音
 

 本編では中学時代の旅人は見生美月との出会いからの怒涛の展開が描かれていましたが、ここでは高校卒業を目前に控えた旅人が描かれています。そう、旅人にもちゃんとした高校生活の時代はあったのです。寮生活をしていた旅人は、「一見良い人間と思えるが人を全く寄せ付けない」と知りながら付き合って来た同じ寮生の良太と、旅人に想いを寄せながら事故死した良太の妹・知世の遺したメッセージを探すというストーリーです。音楽の才能が無いと知っていながら旅人に褒められたことでトランペットを諦めきれず、携帯のメモリーに演奏を残す知世のひたむきな姿勢が読むものを引きつけます。しかし、知世は交通事故であっけなく死んでしまいます。

 

 ここで、旅人は卒業後進学も就職もしないで旅に出ることを良太に告げていますが、この設定が編終了後の世界にダイレクトに繋げる展開となっています。本編のエピローグに続く第2のエピローグですが、陽子が登場しないのはなんかちょっと物悲しいものがあります。