蔦屋重三郎事件帖二 「謎の殺し屋」
著者:鈴木英治
出版:角川春樹事務所 ハルキ文庫
田沼意次が失脚し、老中首座となった松平定信は、贅沢を禁じ、彩りと艶のない生活を強制した。影響は出版にも及び、公儀をおもしろおかしく批判する読物を禁じ始めた。出版業を開始し斬新な企画でたちまち頭角を現した蔦屋重三郎が刊行した、朋誠堂喜三二と恋川春町の黄表紙は、定信の今の政を風刺したもので、いつ公儀の咎めを受けてもおかしくなかった。ある寄合の帰り道、頭巾をかぶった浪人らしき男が重三郎に突然、襲いかかった。右脇腹を斬られるもなんとか逃げ延びた重三郎は、剣の達人でもある喜三二とともに犯人探しに挑む。人気作家による書き下ろし新シリーズ、第二弾!---データベース---
2巻目は1巻目からいきなり時間が10年飛んでおり、時代は天明年間の1788年です。田沼意次は失脚の後、この年亡くなっています。そして、前年に松平定信による寛政の改革が始まって2年目ということもあり、何やら時代は華やかさが無くなっています。前巻の最後で、わざわざ存命の異説を採用した平賀源内や主人公に信頼を寄せている主君の佐竹義敦は開始10ページほどですでに死んだことになっています。
肝心の蔦屋重三郎の活躍はこの消えた10年間が一番華やかなのにその部分はすっぱりと切り捨てています。蔦谷の商才とか平角の暮らしとか田沼時代の文化とか、題材なんていくらでもあるはずなのに何で10年飛ばしたんでしょうかねぇ。前巻では息子のいなかった平格にこの巻では息子がいます。そして、息子は平格の後を継いで留守居役に出世している父の傍らでその末席に処しています。年数が合わないんですけどねぇ。最終的には平格はこの巻で、留守居役をも退き隠居してしまいます。
どれもこれも巻末に登場する写楽を世に出すためだけの演出だとしたらあまりにもお粗末過ぎる内容です。確かに未だに出征が謎の東洲斎写楽は魅力的な人物で様々な人物像が論議を呼んでいます。ここでは平賀源内の生存説とともに、写楽が浪人という設定が取り上げられています。
第一巻では平格が浪人を助け、その浪人が久保田藩主の命を救うという活躍するという形で描かれていますが、この巻では蔦屋重三郎が浪人に命を狙われ、切られるという事件が発生します。これがこの間の唯一の事件です。その事件の解決に重三郎自身が活躍するのですが、黄表紙で幕府から睨まれている平格こと朋誠堂喜三二が隠居までして重三郎の用心棒として身辺警護にあたります。事件といっても大したことはなく、奉行所の手を借りるまでもなく浪人はすぐさま見つけることができます。それよりも、この巻で、平格の親友の恋川春町が松平定信から呼び出しを受けますが、病気を理由に出頭せずそのまま隠居し、挙げ句の果ては自殺してしまいます。そちらの方がよほどの事件なのにそのことはさらりと記されているだけです。
蔦屋重三郎にとってはそちらの方が出版に関わる大事件のはずなのに、温度差がありすぎます。挙げ句の果ては襲われた浪人に画才があると見抜くとたった一枚の絵を見ただけてあっさりこの男を浮世絵師として売り出すことを決めます。この男は奉行所の同心の差し金で殺しを請け負っていたことがわかります。
今では東洲斎写楽の素性は能役者の「斎藤十郎兵衛」というのが定説になっているのでこの展開はあまり説得性がありません。ちなみに、写楽は寛政6年(1794年)5月から翌年の寛政7年(1795年)1月にかけての約10か月の期間墓活躍していません。そんなこともあり、この作品にのめり込むことができません。第一巻目も期待外れだったこともあり、このシリーズは第三巻が出るとしてもあまり期待できませんなぁ。