ロゼッタストーン解読
著者:レスリー・アドキンズ、ロイ・アドキンズ
翻訳 :木原 武一
発行 新潮社 新潮文庫
「とうとうやった!」兄に向かって叫んだ彼は意識を失った。謎の古代文字、ヒエログリフ解説の瞬間だった―。18世紀末、ナポレオンのエジプト遠征が持ち帰った碑石ロゼッタストーンは解読競争を過熱させた。源流は漢字だ、などの珍説奇説や政変、窮乏のなか、真実に近づく若きシャンポリオンに英国のライバルが迫る…。異能の天才学者と、失われた文字を巡る興奮の歴史ドラマ。---データベース---
日本語のタイトルは「ロゼッタストーン解読」となっていますが、本来のタイトルは「The Keys of Egypt」です。決してロゼッタストーン師は謳っていません。ですから、ロゼッタ・ストーンを学術的に説明したドキュメンタリーでもなければ、ヒエログリフを学ぶための書物と思って読むと失望するかもしれません。しかし、教科書にも登場するシャンポリオンはロゼッタストーンのヒエログリフを解読した人物として登場しています。その事実だけをクローズアップすれば確かにそうなのですが、実際には外堀から埋めていき最終的に未知の言語であった古代エジプト文字を解読したということが言えます。
この作品はロゼッタ・ストーンに刻まれたヒエログリフの解読に決定的な貢献を果たしたフランスの考古学者ジャン=フランソワ・シャンポリオンの伝記小説で、それを考古学者でもあるアドキンズ夫妻が著述したものです。
シャンポリオンの生きた時代は丁度ナポレオンの台頭と重なっています。ナポレオンがエジプトに遠征し、それによってもたらされる古代エジプトの研究、いわゆるエジプト学ですが、これががフランスと、イギリス両国の確執や学者間の功績奪取のために凌ぎを削っていたことを理解しながら読むとナポレオン軍が発見した「ロゼッタストーン」が何故イギリスにあるのかが理解出来ます。
たらねばですが、もしこの「ロゼッタストーン」がルーヴル美術館に所蔵され手入れはシャンポリオンの解読はもっと早くできたのかもしれません。昔から仲の悪いイギリスとフランスの対立の中で、シャンポリオンはイタリアやエジプトへは出向きますが、一度もイギリスへは行っていません。
そういう状況の中で、言語学者として出発したシャンポリオンが辿った地道で丹念な研究と、鋭い洞察で解読へ導いていく家庭が克明に描かれています。貧しいながらも、少年時代から語学に異常な才能を示したシャンポリオンですが、ヒエログリフについてのさまざまな研究材料が揃い、その解読の気運が高まっていた幸運な時期に初めて彼の才能が発揮されたと言えるのではないだろうか。
このシャンポリオンの活躍の陰には兄のジャック=ジョゼフの存在があります。成長してからも彼は弟のずば抜けた能力を信じて常に経済的、あるいは精神的な援助を惜しまなかった様子が随所に描かれています。冒頭に書かれているようにヒエログリフ解読に突破口を開いた象形、表音、表意とその組み合せのメカニズムを発見した瞬間、その報告のために彼が真っ先に、しかも全速力で向かったのが兄のもとで、兄にその説明を始めた直後に彼は失神してしまう様子か゜描かれています。こういう事実はこの本を読むまで全く知らなかったことです。
この本では対決軸として、イギリス人の王立協会会員トーマス・ヤングを無理にでもライヴァルに仕立ててストーリーにふくらみを持たせています。この人物本業は物理学者で光の伝わる物質の硬さを求めるため弾性体におけるヤング率の法で有名です。まあね確かに考古学も片手間にかじっていたようですが、この対決軸はちょっと無駄な部分と感じなくもありません。
それでも、この本をシャンポリオンの自伝として読む分には十分に面白い内容です。