本日のメニューは。
著者 行成 薫
発行 集英社 集英社文庫
入院中の父に中華そばを出前したい二人の子どもと、変わり者の大人たちが起こした奇跡(「四分間出前大作戦」)。マズメシ母に悩まされる女子高生と、おむすび屋の女性店主の愛情(「おむすび狂詩曲」)。底なし大食い男の葛藤と、デカ盛り定食を作り続ける頑固親父の秘めた過去(「闘え!マンプク食堂」)。熱々の美味しい料理と、それを取り巻く人間ドラマに食欲も涙腺も刺激される、5つの極上の物語。---データベース---
初めて読む作家の作品です。タイトルからしてなんとなのライト小説的な雰囲気が漂っていますが、何となく食べ物に関する小説で、それほど堅苦しいものではないので手に取ってみました。短編が5作品収録されていますが、その中で「四分間出前大作戦」と「闘え!マンプク食堂」が小説スバルに発表されたもので残り3編が書き下ろしとなっています。読んだ感想としては雑誌掲載はあまり特色がなく、それ以外の書き下ろしの方が出来がいいようです。
カバー絵がお握りになっていますが、やはりこの作品が一番読み応えがあります。多分一番涙腺が緩む作品になるでしょう。
●「四分間出前大作戦」
出前を担ってくれていた妻を失い店を閉めようかと悩む中華そば屋の店主と現役時代から常連客だった元医師の老人の前に「入院中のパパにラーメンを食べさせたい」という幼い兄弟が現れるエピソードです。「うちのラーメンが美味しく食べられるのは出来てから四分以内」という店主の拘りと兄弟の細やかな願いに正業とは認めがたい世界に生きる息子に悩まされる元医師の親子関係の絡め方が上手いです。ただ「陸上マン」のキャラ付けはちょっと過剰な気もするんですけどねぇ。
それにしても4分間の出前の範囲はあまりにも狭すぎるような気がするんですけど、こんなもんなんでしょうかねぇ。言えるのは登場人物がバイクや車を利用しないというところがみそで、ここになぜかスケボーが登場するというのがアクセントにはなっています。
●「おむすび狂詩曲(ラプソディ)」
世の中SNS全盛時代という現代社会を反映した様な一編です。がそれの弱点を見事についている作品ということができます。インスタグラムはおいしそうな食べ物が一番人気があるようですが、その味については全く伝わってきません。ただの見栄えだけです。
その「いいね!」最優先の見掛けばかりで味は二の次というマズ飯を作り続ける母親に悩まされる女子高生とその救いの場となっている極小店舗の「おむすび屋」を経営する女店主の物語です。このおむすび屋も拘りが有ってお持ち帰りはなしです。普通のおむすび屋とはちょっとちがうんですねぇ。でも、昔評判になっていたのはお弁当のおにぎりだったんですけどね。まあ、そんな些細な突っ込みはこれくらいにして、「おにぎり」ではなく、「おむすび」という拘りがここでは効いています。
誰にも理解されずやって当たり前と感謝もされない「主婦」という孤独からSNSに走った女子高生の母親と家計の助けにと始めた店が自分を守ろうとした筈の家庭から切り離してしまった女店主の孤独を対置する事で互いに際立たせている点は見事です。ハンカチを用意して読みましょう。
●「闘え!マンプク食堂」
最近テレビでもデカ盛り飯の店を特集していることが多いのですが、ここで登場する店もそういう店です。とある事情から客に腹いっぱい食わせる事に拘る様になった大衆食堂のオヤジと、ある日突然現れた痩せた体に見合わぬブラックホールの様な胃袋を持つ青年のプライドを賭けた「対決」の物語となっています。べらんめえ口調のオヤジと若干気弱でおっとりした女将さんというある意味「コテコテ」の人情話なのだけど、「腹を満たす喜び」という食の原点とでも称すべきテーマが底辺にあり、物語としてはそのテレビが絡んでくるという展開になります。しかし、大食いコンテストでは優勝しないという、ちょっと肩すかしを食った設定もテーマをぶらさないということでは有りの展開なんでしょう。
●「或る洋食屋の一日」、「ロコ・モーション」
この二編に関しては「二つで一つ」という部分があります。前者は50年続けてきた洋食屋が迎えた最終営業日を仕込みから閉店後の片づけまで描いた若干短めの物語です。年を取っていくものの悲哀と寂れ行く近所の商店街の在り方も含めて「終わりゆくもの」として経営者夫婦の姿を一切のご都合主義も無しに描いていきます。ただ、このレストランには店主が50年育ててきたデミグラスソースがあり、料理人としての矜持を感じさせます。閉店後に夫婦で味わうその50年継ぎ足してきたドミグラソースを食す描写は淡々とはしていますが、積み重ねてきた歴史の重みみたいな物をズシリと感じさせてくれます。そして、子ので身蔵ソースが次の物語に繋がります。
後者は逆にパワハラ企業を辞め脱サラで「ロコモコ丼」のキッチンカーを始めた若い夫婦の物語であり「これから始まる新しい人生」を描いている点で前者とは対照的な内容となっています。
ただ素人が始めたばかりなので思い描いたようにはなりません。売り上げが伸びないキッチンカーの窮地の前に現れた人物の素性が意外です。
「或る洋食屋の一日」を読んでいてせっかくので身蔵ソースはどうなっちゃうんだろうと思っていた話が、この話に繋がってくるのです。その二人をつなぐのがこれまた、前作でちょいと登場した男です。こちらも、コンクール的なものがあり主人公は優勝を目指しますが、やはり一位はとれません。でも、これでいいのです。古きものを新しい若者の感覚で新しいロコモコ丼のグルーピーソースに生かすというアイデアで蘇らせているのですから。それこそがこの物語の主題です。