アンセルメのボロディン | geezenstacの森

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アンセルメのボロディン

ボロディン/
1.『イーゴリ公』序曲(10’34)*
2.交響詩『中央アジアの草原にて』(6’43)***
3.交響曲第2番ロ短調(①7’17②5’32③6’38④6’28)*
4.交響曲第3番イ短調(①7’10②8’42)*
5.『イーゴリ公』より『ダッタン人の踊り』(11’17)**
指揮/エルネスト・アンセルメ
演奏/スイス・ロマンド管弦楽団
 ローザンヌ・ジュネス合唱団(ダッタン人の踊り)
 ローザンヌ放送合唱団(ダッタン人の踊り)
 
P:ヴィクトール・ウォルフ*
 ペーター・アンドリュー*
 ジェームス・ウォーカー**,***
E:ジェームス・ウォーカー
 ロイ・ウォーレンス**,***
録音:1954/05/13*,196**,1961*** ヴィクトリアホール、ジュネーヴ

LONDON(DECCA) 430219-2

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 いにしえのファンにとっては、エルネスト・アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団の演奏といえば、特定のジャンルでは泣く子も黙るくらいの「権威」がありました。平成から令和に移行するこの時期に久しぶりに、そのサウンドに浸りたくて耳を傾けました。デッカにあってアンセルメの存在は絶大なものでした。。録音はステレオ最初期の1954ー1961年にかけてばらつきがあり、その古さは否めませんがアンセルメの偉大な足跡を辿るには最良の一枚でしょう。ともするとフランス音楽ばかりが脚光を集めますが、バッハからストラヴィンスキーまでをレパートリーとするアンセルメはロシア音楽にも名盤を多数残しています。レコード時代の小生はストコフスキーとアンセルメに傾注していたこともあり、それこそ夢中で聴いたものです。ただ、ストコフスキーがそのほとんどが廉価版で発売されたのに対して、アンセルメは日本ではほとんどが廉価版では発売されませんでした。そんなこともあり、勢い輸入盤を買い漁ることになったきっかけの指揮者でもあります。

 そのアンセルメのロシア音楽が「権威」なのは、彼がデュアギレフのロシアバレエ団の指揮者として徹底して研鑽を積んできたこととの関係が大きいと思います。また、どちらかと言えば濃密な、また時にエキゾチックという名の異端的なロシア音楽が、アンセンメのタクトにかかると近代的な、普遍的な作品に昇華されるような魔力があります。このカップリングでどの1曲をとっても、名演の最右翼のグループに入る均一性があり、またその根底には各作品へのアンセルメの慈しみがあると感じます。ギリシアの哲学者のような思索的な風貌からは一見想像できないくらい大胆に躍動するリズム感や生彩溢れるメロディの表出は、天賦の才のなせる技でしょう。

 アンセルメはデッカで一番最初にステレオ録音をした指揮者です。1954年はアンセルメ71歳の時ですが、新しいことへのチャレンジは進んで取り組んでいたのでしょう。このCDの中のボロディンの交響曲第2番がその最初のステレオ録音と言われています。

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 左からプロデューサーのJames Walker、アンセルメ、そしてエンジニアのRoy Wallace

 このCDは懐かしの「LONDON」レーベルで発売されています。スリーブを見るとmade in U,S,Aなんですな。発売は1990年で、「weekend classic」シリーズの一枚であることがわかります。おなじないようのものは現在ではオーストラリア版のエロクアンスシリーズで発売されていますが、曲の順序が異なっています。当時はイーゴリ公の音楽が最初と最後に収録されるという摩訶不思議な曲順になっていたのです。

 それにしても曲目を見ると「中央アジアの草原にて」以外は全てグラズノフの手が入っています。本職は化学者ということもあり、典型的な日曜作曲家であったことがうかがい知れます。

 アンセルメは若い数学者から三十歳過ぎた頃ディアギレフが率いるロシアのバレエ団の指揮者へ転向した為かフランス音楽と同じ様にロシア音楽を重要なレパートリーにしており、特に化学者だったボロディンの作品を演奏するのに両者何処か異業種からの変転に相通じるものがあるのでしょう。そのボロディンの交響曲第2番を最初のレコーディングに選んだのは何か因縁みたいなものを感じます。もともと即物的な指揮をするアンセルメで、「何も足さない、何も引かない」をポリシーとしていた指揮者ですからロシアの土着性は感じることはできません。しかし、さすが数学者ということだけあり、スコアの記載はそのまま音に構築しています。どちらかというとあっさり目に感じるのはヴィクトリアホールの音響特性によるものでしょうか。ここのホールは、馬てい形ですが、奥に長い作りとなっているので低域はあまり豊かには響かないのではないでしょうか。ここでも、あまり良寛のある響きではありません。その代わり、ステージがひな壇になっているので、デッカのデッカツリー録音だと金管や木管楽器がストレートでマイクに拾えるので、全体的にクリアな音質になるのではないでしょうか。ここでも、そんな録音を聴くことができます。

 そんなわけで、最近よく聴くクライバーの録音と比べるとやや音が痩せて聞こえますが、各楽器の動きは却って鮮明に聴くことができ、どちらの曲も原色的な管弦楽の扱いが特徴的でボロディンのロシア臭がアンセルメのフランス風の美感におきかえられている処が聴くポイントでもあるのではないでしょうか。


 まあ、このボロディンの交響曲第2番を最初に聴いた演奏ということでは非常に刷り込みのある響きです。第2番第1楽章で貫かれて使用される冒頭主題など、昔はテレビのドキュメント番組でよく使われていましたから聴き馴染んでいましたが、本演奏ではやや当たりがあっさりソフトに感じるのもその辺に原点があるからなのでしょう。第2楽章はちょっと遅めのテンポでのどかです。哀愁を含んだ緩徐楽章の第3楽章から第4楽章フィナーレへは熱気を帯びて雪崩れ込んで行きますが、アンセルメの解釈はクールでクライバーのような熱い演奏を期待すると少々物足りなさを感じるかもしれません。でも、曲を知るには格好の演奏ということで昔から愛聴されたのではないでしょうか。

 未完に終わった二楽章形式の第3番の方は、若いグラズノフが譜面を整理しリムスキー=コルサコフが初演指揮したという作品でもあります。あまり演奏される機会がないのでこちらもアンセルメ版は貴重なのではないでしょうか。憂いのある第1楽章からロシア色がより濃い作品となっています。未完成の作品を集めたコンピュレーションのコレクションには含まれてもいい作品でしょうが、よほどのボロディン不安以外は職種は動かないでしょうなぁ。ただ、この時代ヴァイオリンのトップはのちにベルリンフィルに転出したミシェル・シュワルベがコンサートマスターを務めていた時代ですから元のアンサンブルはまとまっています。その点は聴きものでしょう。

 「イーゴリ公」の音楽は序曲はあまりされるとは思われません。「ダッタン人の踊りと合唱」がやはりメインでしょう。序曲はボロでイン自身が書いたものでなく、ボロディンがピアノで弾いていたものを、並外れた記憶力の持ち主であったグラズノフが復元したもののようで、オペラの中の旋律は随所に散りばめられていて、バレエ音楽が得意だったアンセルメはまるでバレエのような感覚でこの曲を料理しています。楽しい演奏です。その流れで、録音年代は違いますが、「ダッタン人の踊りと合唱」も変にオペラを意識した過剰な演出がない分オーケストラ作品としてはまとまりのある演奏で昔から愛聴してきました。アンセルメは目立ったオペラは録音していませんが、同じ舞台作品としてのバレエを数多く手がけていますからドラマティックに盛り上げる術はうまいものです。

 「中央アジアの草原にて」もアンセルメの手にかかるとロシアのオーケストラのような派手さはありませんが、管の繊細さを生かしたバランスの良い演奏を聴かせてくれています。


 2019年はアンセルメの没後50年の年です。フランス、ロシアものだけでなく全ての録音を網羅した本来の全集をデッカが発売してくれたら買うんですけどねぇ。