陰陽師 生成り姫
著者 夢枕獏
発行 文芸春秋社 文春文庫
陰陽師シリーズ初の長篇。すべてが始まったのは、いまから12年も前のことだった。月の明るい晩に堀川の橋のたもとで、心のおもむくまま笛を吹く源博雅。その音色に耳を傾ける姫。名前も知らない、淡い恋だった…。思い悩む友を、そっと見守る安倍晴明。しかし、姫が心の奥底に棲む鬼に蝕まれたとき、2人は姫を助けることができるのか? 急げ博雅! 姫が危ない──。主人公・安倍晴明はもちろんのこと、無二のパートナーである源博雅の清澄な魅力も全開の作品です。---データベース---

この巻を読んでその成り立ちを知らないときっとどこかで読んだストーリーだぞ、といぶかしく思うでしょう。ということでは、この巻はあとがきから読むことをお勧めします。これまでのシリーズは一話完結の短編の体裁で発表されていましたが、この「生成り姫」だけは唯一長編となっています。文庫本に関しては文春文庫ということで、これまでのシリーズと同じなんですが、初出の単行本はなんと朝日新聞社から発行されているのです。
このあとがきでは、準備期間が1ヵ月というところで、朝日新聞夕刊への連載が決まったために、かねてから書きたかった「陰陽師」の長篇に取り組んだとのことが書かれています。また、陰陽師を知らない朝日の読者のことを想定して、最初の部分で、安倍晴明や源博雅のプロフィール紹介や陰陽師そのものについての解説を詳しく書き記しています。そして、内容については「陰陽師 付喪神ノ巻」の「鉄輪」をベースに長篇化したとのことがのべられています。どうりで読んだことがあるわけです。いえば、同じストーリーを短編と長編では何が違うのか、作者のストーリーの料理の仕方を堪能できる内容となっています。
一応目次的には以下の構成になっています。
目次
序ノ巻 安倍晴明
巻ノ一 源博雅
巻ノニ 相撲節会
巻ノ三 鬼の笛
巻ノ四 丑の刻参り
巻ノ五 鉄輪
巻ノ六 生成り姫
あとがき
この巻の「序ノ巻 安倍晴明/巻ノ一 源博雅」はこのシリーズを読むにあたって最初に読んだ方が理解しやすいのではないでしょうか。その人となりの全体像を知る腰ができます。
物語は源博雅が12年前のある夜、得意の笛を吹いている時に一人の姫と出会うところから始まります。
その後も笛を吹くたび現れる姫。彼は名も知らぬまま彼女に惹かれ、いつしか会えなくなってからも ほのかな想いを持ち続けていました。
時が流れ、博雅はある男から相談を受けます。かつて情を通じたが今では疎遠になった姫が、夜な夜な呪いをかけて男を殺そうとしているというのです。博雅は男を救うべく親友・晴明の力を借り、共に姫を待ち受けるます、生成りとなり現れた女…徳子姫は 彼が思いを寄せたその人であったとわかります。あさましき姿を博雅に見られたことに絶望する徳子姫と自分が介入したことによってより深く彼女を傷つけてしまったことを悟る博雅の対比が見ものです。
そして、何とか姫を救おうと彼女の屋敷へと向かった晴明と博雅ですが… これは是非読んでもらった方がいいでしょう。
とにかくクライマックスで博雅が徳子姫にかける言葉がいいのです!まず、鬼になって自分を喰らおうとする姫に「我が肉を喰らえ」と。そして「そなたが愛しいのだ」と言うのです。
「こんなに、わたくしは歳をとりました……」
「歳をとられたそなたが愛しいのだよ」
「皺が増えました」
「増えたそなたの皺が愛しいのだよ」
「腕にも、腹にも、顎の下にも肉が付きました」
「付いたそなたの肉が愛しいのだよ」
「このような姿になってしまっても?」
「はい」
「このような貌になってしまっても?」
「はい」
「このような鬼になってしまっても?」
「はい」
たとえ年を取って肉がつこうがシワが増えようが、鬼になってしまおうが、そんな貴女が愛しいのだと言う博雅と、 「十二年前にその言葉を言って欲しかった」と返す徳子姫です。