ひぐらしとアメリカ | geezenstacの森

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ひぐらしとアメリカ

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 ちょっと変わったタイトルですが、太田裕美の「ひぐらし」という曲をご存知でしょうか。太田裕美と言えば「木綿のハンカチーフ」なんでしょうが、小生が一番印象に残っているのはこの「ひぐらし」なんです。ただし、シングルカットはされていません。彼女の3枚目のLP「心が風邪をひいた日」に収録されているナンバーです。このアルバムは作詞は太田裕美の作詞の一曲を除いて松本隆、作曲は大ヒットした「木綿のハンカチーフ」は筒美京平ですが、このアルバムには2曲荒井由実が担当しています。そのうちの一曲がこの「ひぐらし」というわけです。荒井由美こと松任谷由実は自身が提供した作品をセルフカバーしていますが、この「ひぐらし」はそれもありません。ということで幻の名曲の部類でしょう。


 ところで、wikiでこの曲を調べると「歌詞は、サイモン&ガーファンクル「アメリカ」に着想を得たと考えられる。」という記述があります。このアルバムは1975年12月5日に発売されています。そして、サイモン&ガーファンクル「アメリカ」は1968年のアルバム「ブックエンド」に収録されています。でも、ヒットしたのは1971年にシングルカットされてからです。そんなことで、ちょいと調べてみました。

まずは2曲の歌詞です。

 まずは「ひぐらし」です。
作詞:松本隆 作曲:荒井由実 編曲:林哲司

ねぇ私たち恋するのって
鞄ひとつでバスに乗ったの
マクドナルドのハンバーガーと
煙草はイブをポケットに入れ

御殿場までが矢のように過ぎ
緑の匂い胸にしみるわ
昔はカゴで通ったなんて
雪の白富士まるで絵のよう

読んだ漫画をあなたはふせて
内緒の声で耳打ちばなし
スーツを着ているあいつを見ろよ
三億円に似てないかって

最後に吸った煙草を消して
空の銀紙くしゃくしゃにした
窓に頬寄せ景色見てると
時の流れをただようようね

ガラスに映るあなたの寝顔
私はふっとため息ついた
生きてる事が空しいなんて
指先みつめ考えてたの

日暮れる頃に京都に着くわ
それは涯てないひぐらしの旅
あなたと二人季節の中を
愛はどこまで流れていくの

そして、アメリカです。分かり易いように日本語訳です。

P. Simon, 1968 
"俺たち、付き合わないか?二人で未来を築いて行こうよ。
ちょっとした蓄えならここにあるんだ!"

それで俺らは、1箱のタバコとミセス・ワーグナーのパイを買って
AMERICAを探しに歩き出した。

"キャシー"
ピッツバーグで長距離バスに乗り込みながら俺は言った。
”今となっちゃ、ミシガンにいた頃が夢のようだな”
サギノーからヒッチハイクで4日もかかった。
俺はAMERICAを見つけに来たんだ。

バスの中で笑ったり、ゲームをしたりしながら
彼女は”ギャバジンスーツの人はスパイよ”
俺は”気をつけろ!奴の蝶ネクタイはカメラだ”
なんて言ってはしゃいだ。

”レインコートにタバコが一本入ってるだろ、放ってくれよ”
”1時間前に、最後の一本吸っちゃったじゃない・・・”

俺は仕方なく窓の景色を眺めた。
彼女は彼女で、雑誌を読み出した。
広大な原野から月が昇っていた。

"キャシー・・・、明日が見えないんだ・・・"
寝息をたてている彼女に、俺は言った。
"今、俺はカラッポなんだ、虚しいんだ、どうしてなんだろう?"

ニュージャージー有料道路を走る、車の数をぼんやり数えながら、
”あいつらもAMERICAを探しに来てるんだろ・・・”
”みんなAMERICAを探しに来てるんだろ・・・”



 一目で分かるように「ひぐらし」は女性が主人公、「アメリカ」は男性が主人公として描かれています。「ねぇ私たち恋するのって 鞄ひとつでバスに乗ったの」というフレーズで始まります。「ねぇ私たち恋するの」という台詞は表現としてやや突飛です。ここでは訳詞で紹介しましたが、アメリカの冒頭は「Let us be lovers」で始まっているので、こちらを読むと何となく納得出来ます。時代はヒッピー文化全盛の時代で、同棲時代という言葉と供に軽いノリでバックパックひとつで旅に出たものです。

 松本隆の作詞ですが、美味くアメリカの文化を日本の当時の世相に取り込んでいます。
歌詞を見比べてみると冒頭の一節以外でも「S1箱のタバコとミセス・ワーグナーのパイを買って」は「ひぐらし」では、「マクドナルドのハンバーガーと 煙草はイブをポケットに入れ」」となっていますし、アメリカではグレイハウンドバスに乗って男女が「アメリカを探して」旅するが、「ひぐらし」では東名高速のバスで東京から京都に向かっています。

 ミセス・ワーグナーのパイは当時のニューヨークでよく知られていたパイですが。現在は無くなっているようです。ここでのマクドナルドのハンバーガーは1971年に日本でも創業していますが、まだまだ高嶺の花の食べ物でした。たばこのイブは細身のメンソール系のタバコで女性に人気がありましたね。バスの中で煙草が吸えるのですから時代を感じさせます。

 そのほかには、「スーツを着ているあいつを見ろよ 三億円に似てないかって」という「ひぐらし」の個所は 「ギャバジンスーツの人はスパイよ”俺は”気をつけろ!奴の蝶ネクタイはカメラだ」というくだりは、美味く日本の時事ネタに置き換えています。まあ、3億円といっても今の人には分からないかもしれませんが、三億円事件で検索してみて下さい。

 ほかにも、アメリカでは雑誌を読んでいるのは女ですが、「ひぐらし」では男が漫画を読んでいるとか、タバコのくだりも同じようなシュチュエーションです。

 こう見てくると、アメリカをベースにこの曲が作詞されていることが手に取るように分かります。タイトルも、「アメリカ」に対して「ひぐらし」というタイトルは、どちらかというと、青春(というより思春期か)の根拠のない生活からくる浮遊感みたいなものを歌っています。「生きている事が空しいなんて 指先みつめ考えてたの」と女性が思っていますが、かなり表層的です。ですからここでの「ひぐらし」は蝉のひぐらし」ではなく「その日暮らし」の「ひぐらし」なんですな。

 しかし、荒井マジックで、原曲のバラード長の曲はポップでどことなくコミカルなニューミュージックそのものになっていますし、作詞も当時の男と女の関係の一種の同棲恋愛ごっこのようなニュアンスが漂っています。けだし、名曲です。