リヒテルのチャイコフスキーとポコルナのラフマニノフ | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

リヒテルのチャイコフスキーとポコルナのラフマニノフ

イメージ 2


イメージ 3

 休みが多いという事は散在する機会が多いという事でしょうか。5月はまたしても散在してしまいました。これは昨年手に入れたコロムビアの「世界名曲全集」の内容が思った以上に良かったので、パート2という形になりました。ただ、喜び勇んで物色したので、クリップス/ロンドン響の「田園」をダブって購入してしまいました。今回入手したのは下記の6点です。

1.第2巻 ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」、エグモント序曲 ←ダブりです
2.第9巻 ピアノ協奏曲集/チャイコフスキー、ラフマニノフ
3.第10巻 ヴァイオリン協奏曲/メンデルスゾーン、チャイコフスキー
4.第11巻 「四季/ヴィヴァルディ
5.第21巻 ブランデンブルク協奏曲第5番、管弦楽組曲第2番/バッハ
6.第22巻 ピアノ協奏曲「戴冠式」、ヴァイオリン協奏曲「トルコ風」/モーツァルト

 というラインナップでした。この中で、チャイコフスキーのピアノ協奏曲はリヒテル/アンチェルという組み合わせで、ダイヤモンド1000シリーズではこれ一曲しか収録されていませんでした(MS1090-S、MS1213)。しかし、ここではミルカ・ポコルナ/イルジー・ワルドハンス指揮ブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団のラフマニノフの第2番がカップリングされています。お徳といってしまえばそれまでですが、リヒテルはステレオの表記こそあれ小生にはモノラルにしか聴こえない代物です。それもそのはず、この録音は1954/06/4-5に録音されたもので当時のスプラフォンにはステレオの技術はなかったはずです。そのダイヤモンド1000シリーズでの発売は下記のアルバムです。

イメージ 1

 レコードファンにとっては懐かしいリヒテルのチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」です。まだクラシックを聴き始めて日が浅い少年にとって、リヒテルの演奏によるチャイコフスキーが1000円で買えるというのは夢のような出来事でした。これは、1970年のリヒテルの来日記念盤としてダイヤモンド1000シリーズで発売されました。当時はこんなビックな録音がステレオで聴けるなんて夢のような一枚でした。何しろ堂々と「STEREO」の表示がしてあるのです。この当時のリヒテルのチャイコフスキーと言えばカラヤン/ウィーン響との録音がピカ一で、それに比すリヒテルのアンチェルとの共演盤があるなんてまったく知りませんでした。ですから、こんなステレオ録音が別に合ったんでと、素直に喜んだものです。いまとなっては、こんな録音がステレオであるはずが無い事はもちろん承知です。ただ、当時のレコードの解説には録音年月日についての記載は一切無く、解説の岡俊雄氏もこの録音についてはまったく触れていません。

 いまでは、ネットでこの録音が1954/06/4-5に録音されたもので、リヒテルが東側の同盟国という事でチェコスロヴァキアに赴きプラハのルドルフィヌムにおいて、チェコの2大指揮者ターリヒとアンチェルとの顔合わせで実現した際の貴重な録音である事が知られています。つまりは、まったくのモノラル時代の産物なんですな。ジャケットにはステレオ録音という事が盛んに歌われていますが、実際のレコードのレーベル面には小さな文字で、
「A SUPRAPHON RECORDINGS PRODUCTION EXPROTATION OF THIS RECORD PROHIBITED」
の文字があるのみで、疑似ステとも謳っていません。実際、聴こえてくる音はモノラルです。疑似ステ処理もされていません。それでも、当時はこれがステレオ録音と信じて疑わなくて、どうしたらステレオで聴こえるのだろうと必至にイコライザーを調整して何度も繰り返しレコードを掛けていた事を懐かしく思い出します。ネットで調べてみても、スプラフォンのオリジナルLPにも「STEREO」の表示が堂々としてあります。こんなこともあり、コロムビアのスタッフがステレオと信じて発売したとしても不思議はありません。ただ、1960年に国内で発売された時はモノラルでの発売(PSF4)のようでした。音質は、同年代のEMIのフルトヴェングラーの録音よりは数段すぐれています。確かに高域のシャープさはありませんが、ステレオ処理されれば先ず、分らないほどの録音です。

 ところで、この演奏はのちに収録されたカラヤンとの録音とはまるで別人のようなテンポです。本当にこれがリヒテルの演奏なんだろうかと訝しく思った事も確かです。確かに、今ではいくつか残されているリヒテルの録音の中で、カラヤンとの演奏が普通のテンポよりも遅いというスタイルで演奏されている事が理解出来ます。リヒテルのチャイコフスキーは5種類残されていて、1954年のこの録音の他、1957年のラクリン指揮ソビエト国立響、1958年のムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル、1962年のカラヤン指揮ウィーン響、そして1968年のコンドラシン指揮モスクワ国立響の録音とあります。代表的な録音の演奏時間でも、

リヒテル/アンチェル(1954)19:59/6:09/6:46
リヒテル/ムラヴィンスキー(1959)20:08/6:17/6:55
リヒテル/カラヤン(1962)22:07/6:55/7:09

 と、この最初期の録音が一番速いテンポで演奏されている事が分ります。余談ですが、カラヤンとの共演にウィーン響が使用されているのは、この録音、本当はベルリンでベルリンフィルと録音する予定だったそうです。しかし、折悪く前年1961年に東ドイツがベルリンの壁の建設を始めて東西冷戦が始まったため、リヒテルにベルリンへのビザが下りなかったために、急遽リヒテルの行き先はウィーンに変更されたというのが真相のようです。それならばウィーンフィルで良いのではと思うところですが、60年代のウィーンフィルはデッカと独占契約を結んでいたので、若干の既得権を確保してあったEMIを除いて他のレーベルには録音できなかったのです。そこで、当時ウィーン響とも関係があったカラヤンとの繋がりでウィーン響に白羽の矢が立ったという訳です。調べ見ても、DGGがカラヤンとウィーン響のコンビで残した録音はこれが唯一です。


イメージ 4

 さてさて、このレコードで注目したいのはポコルナのラフマニノフです。まず、第1楽章の冒頭の鐘の音を模したフレーズの部分、普通はピアニッシモからだんだんクレシェンドしてそのまま第1主題に突入しますが、この演奏ではクレシェンドの後、なんとディミヌエンドして弱くなってから第1主題に入ります。さらに第1楽章の再現部の行進曲風のフレーズがやけに速かったり、途中で聴いたことのない音が入ったり、テンポは突然揺れ動いたりと、意表を突く個所の連続でまったく自由自在の演奏のラフマニノフです。

 さらに第2楽章は意識的にか、はたまたは編集ミスなのか大胆なカットがあります。でも、レコードならともかく再発されたCDでも、そのままカットされていて修正がないという事はこれで良しとしているのでしょうなぁ。まるでストコフスキーばりの解釈であり演奏です。

 第3楽章は冒頭の華麗なパッセージでかなり遅めのテンポを取っていて、まるで別の作品を聴いているかのような印象を持ちます。さらにピアノは自在に装飾音を加えている所もあり、かなりぶっ飛んだ演奏になっています。

 このポコルナ、ネットで調べると1930年10月28日の生まれでしたが2017年1月24日に亡くなっていました。本来なら今年のレコ芸のイヤーブックの「逝ける主な音楽家」に記載されて当然なのでしょうがありませんでした。今はWIKIの方が情報が豊富という事でしょうかね。

 ところでこのレコードは小学館から発売されています。当然書籍扱いですから冊子がついています。読みどころは満載ですが、肝心のレコードの演奏に付いては一言も触れられていません。ですが、読み物の一つに岡俊夫氏の「名作プロムナード」という一文が掲載されています。岡氏は本業は映画評論家でしたから、ここではラフマニノフのピアノ協奏曲第2番に付いて書かれています。この曲人気が出たのは第2次世界大戦後で、最初に使われたのは終戦の年に作られた「第7のヴェール」という作品だそうです。ただ、これを受けて翌年作られたデヴィット・リーンの「逢い引き」は全編このラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が映画音楽として使われたというのですから恐れ入ります。演奏はアイリーン・ジョイスというピアニストで、「第7のヴェール」も彼女のピアノが使われていました。でも、このピアニスト1950年代には引退してしまったそうで、ほとんどレコードは残していないようです。そんなエピソードを読みながらポコルナの演奏を聴くのもまた、乙なものです。