「粗茶を一服」損料屋喜八郎始末控え
著者 山本一力
出版 文芸春秋

寛政四年、棄捐(きえん)令で貸金を棒引きにされ、息も絶え絶えになった札差の中でも、一番の大店・伊勢屋はびくともしなかった。だが、そんな伊勢屋を落としいれようと、同業の井筒屋が仲間と計らって悪評を流し、罠を張った。伊勢屋の当主・四郎左衛門は、そんな井筒屋を茶席に招く。茶事に託した伊勢屋の意図とは?喜八郎と江戸屋の女将・秀弥との恋模様も楽しみな、大好評の「損料屋喜八郎」シリーズ第3弾。---データベース---
『損料屋喜八郎始末控え』『赤絵の桜』に続く、「損料屋喜八郎始末控え」シリーズの第三弾です。二作目で一応の完結を見ているのですが、その後の顛末からこの巻が始まります。札差界のドン、伊勢屋四郎左衛門に仕掛けられた罠に対して損料屋の喜八郎が手助けをして札差界を守る行動をとります。対立関係から協調関係へとの舵取りがこの巻の見所でしょう。章立ては以下のようになっています。
目次
■猫札
■またたび囃子
■猫いらず
■惣花うどん
■いわし雲
■粗茶を一服
■十三夜のにゅうめん
タイトルを見てお分かりのように前半は猫がらみ、後半はたべもの関係のタイトルとなっています。つまり、この『粗茶を一服』は、「猫札」と「またたび囃子」「猫いらず」の三話からなる深川の一膳飯屋の主・勇蔵が巻き込まれる投資詐欺事件、「惣花うどん」「いわし雲」「粗茶を一服」からなる伊勢屋追い落とし事件と、「惣花うどん」「いわし雲」「粗茶を一服」からなる伊勢屋追い落とし事件に加え、深川の町を守ろうとする喜八郎の一面を描いた、単独の「十三夜のにゅうめん」から構成されています。これらはシリーズ化された作品として、「オール讀物」の2006年の6月号から2008年4月号まで3、4ヶ月のスパンで連載されていました。
ということで、物語は寛政四年の6月から始まりますが、寛政元年に発令された棄捐令の影響が残っている時期です。幕臣の借金を棒引きにする施策は、札差の金蔵を直撃し、江戸に大不況を招くいています。想定外の事態に幕府は、三万両を投じる「御助け策」を計画するのですが、物語はこの三万両の配分をめぐって札差し仲間のかけ暇を描きます。
最初の「猫札」ほか二編からなるストーリーは、門前仲町の一膳飯屋の主・勇蔵が、幕府が不況の御助け策として、投じられる三万両に絡んだ騙りに巻き込まれる話です。経済小説の趣のある筋立てで、今で言う仮想通貨のビットコインの詐欺ような展開です。この巻のメインの経済政策である米の配給を巡っての陰謀が渦巻く「惣花うどん」ほか二編は、幕府が貧困にあえぐ江戸庶民に三万両分のコメを配給するという御助け策は、札差にコメの手配をさせるという、形を変えた札差支援策でもありました。御助け策のコメの配分をめぐっては、実力のない米谷が肝煎頭取という事もあり、札差仲間が混乱します。裏では札差のドン、伊勢屋四郎左衛門が糸を引いているのですが、その伊勢屋にはうどん屋の恨みをかって寝込んだという噂がたちます。強欲故のうわさ話ですが、その噂の出何処は札差仲間の井筒屋と大口屋が仕組んだものでした。喜八郎は手下のものを使いその裏を取ります。しかし、自らは動こうとせず、探索の結果のみを伊勢屋に告げます。後は伊勢屋が動き事の次第にけりをつけます。「粗茶を一服」とは、懐石料理を振る舞う正式な茶事の事を指しています。
そして最後の「十三夜のにゅうめん」では喜八郎が、蓬莱橋の南詰で鰹ダシの香りに誘われて、にゅうめんを食します。おいしく味わった後、屋台の店に渡世人風の男が現れます。それは赤舌の尚平でした。奉行所時代に人相書きで承知していた男で、赤舌とは騙りの隠語です。喜八郎はその尚平を許すまじと、私刑に処します。ちょいと異質な展開ですが、喜八郎の人間性を垣間見る、痛快な展開です。