時代劇の間違い探し
著者 若桜木 虔、長野 峻也
発行 KADOKAWA 新人物文庫

長谷川平蔵は「鬼」ではない、江戸時代に「脱藩」という言葉はないーー。テレビ時代劇や時代小説の中に潜む、ヒト・モノ・コトバのウソを時代考証家と武術研究指導家が軽快な筆致で一刀両断します。---データベース---
江戸時代が現在に繋がっていると言う認識はその通りかもしれませんが、その中に明治政府によってかなり歴史観が改悪されていると言う状況がこの本でよく分かります。脱藩という言葉は江戸時代には使われていなくて、表現としては出奔、逐電、もしくは欠落(かけおち)、逃散(ちょうさん)と言ったようです。我々も「廃藩置県」という言葉があったので、藩を廃して県になったとばかり思っていましたが、あくまで江戸時代には「藩」の語は儒学文献上の別称であって、公式の制度上は藩と称されたことは無いというのが定説です。
まあこんな事から始まり、以下の項目が並んでいるように今までの常識はかなりいい加減なものであった事が分ろうかというものです。昨今歴史の教科書から坂本龍馬や上杉謙信らの名前が消えるとか、鎌倉幕府の開始は1192年から1185年に変わっていますし、大化の改新も645年から646年に変更になっています。
【目次】
第1章 ヒトのウソ・ホント
吉田松陰、十一歳にして東大生以上の学力を備えていた
薩長同盟を演出したのは坂本龍馬ではなかった
江戸時代に士農工商という身分制度はなかった
大名行列に一般民衆は土下座しなかった
武士の歩き方は泥跳ねしない
江戸時代まで正座という習慣はなかった ほか
第2章 モノのウソ・ホント
峰打ちをしたら刀はポキッと折れる
真剣白刃取りは存在しない必殺技
「侍は刀がなければ弱い」は間違い
日本刀はなぜ両手で握るのか?
日本刀は筋力のない子供や老人でも振れる
時代劇の逆手斬りは現実でも可能 ほか
第3章 コトバのウソ・ホント
長さの単位で縦方向に「間」は使えない
庶民や下級武士の家には玄関がなかった
早馬と早駕籠、どちらが早い?
逆袈裟とは上から下に斬るのか、下から上に斬るのか
江戸時代に「脱藩」という言葉はなかった
時代劇に「さぼる」という言葉はあり得ない
まあ、文庫本の読物という点からして、本格的な時代考証ものとはちょっとニュアンスが違います。このブログでも、
・時代考証事典---著者 稲垣 史生 発行 新人物往来社
・楽しく読める 江戸考証読本2 大江戸八百八町編 稲垣 史生 発行 新人物往来社
・時代劇の見方・楽しみ方-時代考証とリアリズム 著者 大石 学 発行 吉川弘文館
というものを取り上げていますが、まあ、それらに比すると娯楽読物に近い程度の内容になっています。ただ、読み易いのはこの本の利点でしょう。この本、共著という事になっていて、第2章は武術研究の長野峻也氏が書いているようで、ことのほか江戸時代の武術についての流派的な流れが詳しく書かれています。その中で、「峰打ちをしたら刀はポキッと折れる」なんかは今まで疑問に思っていた「暴れん坊将軍」こと吉宗が毎回バッタバッタと峰打ちで悪人たちを成敗するのはほんまかいな?と思っていたので、このタイトルには納得しました。いかにテレビドラマはいい加減かというのが分ります。それに反して、黒澤監督の「七人の侍」のクライマックスシーンで、登場人物が一本の刀では三、四人も切れないと言って次々に刀を取り換えていくシーンあります。黒澤作品がリアルである証拠ですね。刀なんて血のりや刃こぼれでそうそう斬り合いが続けられるわけが無いですからね。
もう一つの疑問は、江戸時代の登場人物が幾つも名前を持っている事です。江戸時代、正式の場では、大名や旗本を、姓で読まず、但馬守といった領地名や役職名で読んでいたのは、姓名が判ると陰陽道で呪いを掛けられる事を避ける為とは納得です。藁人形の呪いなどその典型的なもので、効果はさておき、江戸時代にもデス・ノート的発想に縛られていたんだなぁと改めて思わずにはいられません。
まあ、入門編として読むには取っ付き易いので、これを読んで時代小説のブームに飛び込むのも良いかもしれません。