アンダンテ・モッツァレラ・チーズ | geezenstacの森

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アンダンテ・モッツァレラ・チーズ

著者 藤谷 治
発行 小学館

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 「エッフェル塔の先端にスカートのお尻を引っかけて宙ぶらりんになったままトランペットを吹いている花嫁さん」など全身奇天烈な洋ものタトゥーの女・由果のまわりには、妙な仲間が集っていた。恋人の博覧強記男・健次、下北沢路上美形弾き語り青年・京一、彼を好きな謎のお金持ち令嬢・千石さん、ハードボイルドで映画おたくな浩一郎など、彼らはみなでどれだけバカで笑える話がネタとして供せられるか、に命をかけて日々を過ごしていた。しかし、タトゥー偏愛の野茂美津夫部長の策略により、思わぬ事態が巻き起こる!---データベース---

 本書は、セレクトショップの経営者であり作家でもある藤谷治のデビュー作です。SIS(セトウチインフォメーションサービス)という会社で働く様々な面々が巻き起こすドタバタを描いた作品です。SISという会社は、医者や製薬会社なんかが必要とする文献を探し出してコピーするという、なるほどそんなところにも隙間があったのかと思うような隙間産業です。いわゆる人生の負け組っぽい、会社の仲間たちの物語です。こういう視点は藤谷作品のベースになっている部分でしょう。海外の放浪歴がある全身入れ墨女・山田由果、由果の恋人で無駄な知識を山ほど持っているインテリ・溝口健次、尾崎豊をコピーしてるのが丸分かりの歌が下手な路上シンガー・篠原京一、その京一に惚れてSISに入ってしまった宗教の伝道師にして超大金持ちのお嬢様・千石清美、窃盗により現在執行猶予中であり映画オタクである大森浩一郎と言った面々が、とあるきっかけから次第に仲良くなっていき、ある種のチームのような結束感が生まれることになります。しかし、最後のエピソード以外には特別なにか事件が起こるわけではありません。個人的には、タイトルに関するエピソードも、どう考えてもそう重大な気がしません。まあ、語呂合わせ的なものですからね。でも、この作品嫌いではありません。どちらかというと、今は読まなくなりましたが、清水義範の作風に似ていなくもありません。

 この作品はは、視点人物の設定が変わっているんですね。本来は存在しない僕が登場して進行していきます。基本的に三人称で進んでいくんですけど、でも視点人物である「僕」という存在がいるんです。よくわからない説明だと思いますけど、ホントそうなんです。こんな変わった文章は初めて読みました。

 で、後半です。毎朝メルセデス・ベンツベンツV230での通勤のバカ話で花が咲く前半からがらっと舞台は変わって、入れ墨愛好家である野茂部長が策を労して本格的に登場する段になり、怪奇なファンタジーの世界に超現実のシュールな事件が絡んできます。この事件により、この物語が2001年の出来事であったことがくっきりと印象付けられます。何しろ、健次がアメリカに飛び立とうとするその時にアメリカでは9.11事件が発生してしまうのですから。現地時間は朝の8時46分、この事件はいち早く日本の夜のニュースでも放送されていました。リアルタイムでCNNニュースが伝えていたんですなぁ。小生もこのニュースはリアルタイムで見ていましたから、この小説を読んで改めてまた思い出してしまいました。そんなことで、俄然小説の後半のスピード感はアップしクライマックスへ突入していきます。

 まあ、破天荒な小説ですから、エンディングのプロットは映画「ジュラシックパーク」の車のダイビングシーンを真似たシーンが使われ、ベンツV230が空を飛びます。表紙の絵にはそのシーンが描かれています。著者の藤谷氏は音楽を小道具に使うのが好きなようで、この作品でも、

LYDIA THE TATTOOED LADY(入れ墨の女リディア)
THEY CAN'T TAKE THAT AWAY FROM ME(誰にも奪えぬこの思い)
WHAT'LL I DO
LET'S DO IT

 の4曲が使われています。ただ、歌詞をつらつらと並べているだけでやや話の流れを邪魔しているようにも感じられます。もう少し上手い使い方があったのではないでしょうかね。ストーリーはドタバタ喜劇ですが、後半の題材はシリアスです。当時の状況をニュースで確認するのも一考です。