時をかける少女 | geezenstacの森

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時をかける少女

著者 筒井康隆
発行 角川書店 角川文庫

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 放課後の誰もいない理科実験室でガラスの割れる音がした。壊れた試験管の液体からただようあまい香り。このにおいをわたしは知っている―そう感じたとき、芳山和子は不意に意識を失い床にたおれてしまった。そして目を覚ました和子の周囲では、時間と記憶をめぐる奇妙な事件が次々に起こり始めた。思春期の少女が体験した不思議な世界と、あまく切ない想い。わたしたちの胸をときめかせる永遠の物語もまた時をこえる。---データベース---

 読んだのは文庫版の『時をかける少女』です。しかし、オリジナルは1965年、「中学三年コース(学習研究社)」の1965年11月号にて連載を開始、「高一コース」の1966年5月号まで掲載された初期のジュブナイル小説です。残念ながら、当時小生はまだ小学生で、リアルタイムで読むということは出来ませんでした。ただ、この作品は1972年にNHKで、少年少女向けテレビドラマ枠『少年ドラマシリーズ』の第一弾として毎週土曜日の18時5分〜35分の枠で放送されていました。学生時代はSF小説に被れていましたから、この放送は衝撃的でした。当時は「タイムトラベラー」というタイトルで放送されていましたから、これが「時をかける少女」とは思ってもいませんでした。

 高校生が主人公という点では正にど真ん中のドラマで、理科実験室、ラベンダーの香りというものが強く印象に残りました。そして、この作品は1983年にカドカワ映画として劇場映画化されました。監督は大林宣彦、主演は原田知世、主題歌も彼女が歌い大ヒットしました。このオリジナル版の作詞作曲は松任谷由実です。この作品のインパクトが強く、原作を読まなくてもこれがオリジナルだと思い込んでいたほどです。しかし、よほど題材がいいのか、この作品は劇場版としてはアニメも含めて今迄に4回映画化されています。ドラマに至っては「タイムトラベラー」以降数知れず製作され、今年も日本テレビでリオ・オリンピックの前にドラマ化されていましたのでご覧になった人も多いのではないでしょうか。まあ、若い二人の恋愛がメインに据えられていてオリジナル色はかなり希薄になっていましたけどね。

 オリジナルでは、高校一年生の芳山和子、深町一夫、浅倉吾朗の3人が理科教室の掃除をしています。二人の男の子が手を洗いに行っているとき、和子は理科実験室でもの音を聞きます。ドアを開けます。ガラスが割れる音がして、さっと身を隠す影を見ました。ラベンダーの香りが漂います。和子は、意識を失いました。床に倒れている和子を発見した一夫と吾朗が、担任の福島先生をつれてきます。和子は意識を取り戻しました。和子に不思議なことが起こり始めます。とまあ、掴みは絶妙です。

 和子は、時間と場所を飛び越えてしまう能力を身につけてしまったのですが、その力を使って何かしようとか、好きな人に会いに行こうとか、そんなことを考えるわけでもなく、また仮に考えたとしてもその暇もなく、トラックにひかれそうになったり、地震が発生したり、火事が起きたりして、たいへんな目に遭います。また、和子には好きな人はまだいないようでした。地の文で、この年代の女の子にとっては同じ年の男の子は恋愛の対象にならないという内容が書かれていました。ただ、和子は、そういったタイプというよりは、まだ恋というものをしたことがなく、恋というものによくわからないけどほんのりとしたあこがれを持っているような女子生徒という感じでした。

 『時をかける少女』のストーリーは、実は一夫が未来から来た科学者の卵であることが明かされて、展開します。一夫は、時空を越える薬の研究をしています。どこか大人びた一夫は、実は、年上でもありました。一夫は、和子に、君のことが好きなんだと恋を打ち明けます。和子も、はじめての告白に胸を高鳴らせます。しかし、一夫には、薬の研究を完成させるというミッションがありました。一夫は、和子と別れて、未来へ戻ることを選択します。そして、和子の頭から記憶を消して帰って行きます。『時をかける少女』には、そんな時間を生きている少女の心の揺れがほんのりと描かれていて、そういう所が万人に愛されているんでしょうなぁ。

 言ってみれば短編の部類に入るこの作品には、他に2編のSF短編が収録されています。「悪夢の真相」はやや難解ですが深層心理学を、「果てしなき多元宇宙」は多元時間軸の展開するストーリーを、わかりやすくかつ面白く小説にすることに成功しています。1960年代にはこういう平用なストーリーでSFの世界の面白さを牽引していたんでしょうな。そういう意味では、ショート・ショートの星新一氏も同様なスタンスであったといえます。

 さて、キーとなるラベンダーはトイレの芳香剤で使われている香りですが、この花言葉は「あなたを待っています」です。この絶妙な小道具がこのストーリーを味わい深くしています。