プラッソンのオネゲル交響曲全集 | geezenstacの森

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プラッソンのオネゲル交響曲全集

曲目/ アルテュール・オネゲル
交響曲 第1番 *
1.第1楽章:アレグロ・マルカート 05:54
2.第2楽章:アダージョ 08:28
3.第3楽章:プレスト 07:28
交響曲 第2番(弦楽合奏のための) *
4.第1楽章:モルト・モデラート~アダージョ 10:29
5.第2楽章:アダージョ・メスト 09:20
6.第3楽章:ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ~プレスト 05:13
交響曲 第3番≪典礼風≫ **
7.第1楽章:怒りの日(アレグロ・マルカート) 06:25
8.第2楽章:深き淵より呼びぬ(アダージョ) 13:28
9.第3楽章:われら安らぎを与えたまえ(アンダンテ-アダージョ) 10:40
交響曲 第4番≪バーゼルの喜び≫ ***
10.第1楽章:レント・エ・ミステリオーソ 13:15
11.第2楽章:ラルゲット 05:50
12.第3楽章:アレグロ~アダージョ~アレグロ 09:30
交響曲 第5番≪3つのレ≫***
13.第1楽章:グラーヴェ 09:11
14.第2楽章:アレグレット~アダージョ 09:41
15.第3楽章:アレグロ・マルカート 05:57
16.交響的運動≪パシフィック231≫** 06:45

 

ヤン=パスカル・トルトゥリエ(VN)
ルシアン・ルモイ(VA)(2)(3)
ジャン=ルイ・アーディ(VC)
(3)カルヴァン・シェプ(VN)(ヴァイオリン)
指揮/ミシェル・プラッソン
演奏/トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団

 

録音/1979年3月14日*、1977年10月9、11&13日**、1978年4月26~29日*** レ・オ・グラン、トゥールーズ

 

P:エリック・マクロード
E:セルジュ・レミー

 

EMI FRANCE 50999 906820

 

イメージ 1
 
 フランス6人組の一角を占めるオネゲルですが、両親はスイス人で、20スイスフランの紙幣にもオネゲルの肖像が使われています。フランスで活躍はしましたがスイス人なんでしょう。作品的に一番知られているのは小沢征爾も録音している「火刑台上のジャンヌ・ダルク」でしょうが、管弦楽が多く残されているのにあまり知られているものが少ないのではないでしょうか。そんな中、フランスEMIがボックスに纏めたプラッソン/トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団のものの中にオネゲルの交響曲全集が収録されています。

 

 フランスの交響曲作品は一般的にはベルリオーズやビゼー、サンサーンスの他はダンディやミヨーの作品が知られているくらいで、交響曲の歴史の中ではあまり重要な位置は占めていません。でも、オネゲルの作品は近・現代物を余り残さなかったカラヤンですら録音を残しています。反対にバーンスタインはオネゲルの交響曲は一曲も録音していません。面白いですねぇ。

 

 個人的にオネゲルの交響曲はクラシックを聴き始めた頃から知っていました。その頃FMで放送されたアンセルメ/スイス・ロマンドの演奏を耳にしたのでしょう。当時はFM放送をオープンリールのテープで録音して聴いていました。特に第4番の「バーゼルの喜び」なんて曲は、ストラヴィンスキーの新古典主義の流れを組む響きで聴き込んだ記憶があります。こういう原体験があるので、このプラッソンのボックスセットの中でもいち早くCDプレーヤーに載せたものです。

 

 さて、この全集でのプラッソンの指揮ぶりは、月並みな表現ですが、やはりお国ものは上手いなぁという印象です。ただ、そのすべてが最良というわけにはいかない所がこの指揮者の弱点なんでしょう。特にドビュッシーやフォーレ、ラヴェルなんかは音楽が大人しすぎて、その証拠に日本ではあまり評価されていません。まあ、この人はマイナーな作品に手腕を発揮しているといってもいいのではないでしょうか。その代表がこのオネゲルの様な気がします。

 

 オネゲルの作品は暗い作風のものが多いのですが、それをプラッソンは速いテンポで処理していて、退屈に聴こえそうな所を救っています。第1番からして、キビキビとしたテンポで、音楽をそんなに重たく描いていないのですんなりとオネゲルの世界に入り込めます。

 

 交響曲第2番も1960年代から一緒に仕事をしてきたオーケストラを良く磨き込んでおり、弦楽だけの曲をうまく処理しています。レコード時代にオネゲルの交響曲の代表盤といえばセルジュ・ボド盤でしたが、その後デュトワ盤が出ましたがちょっと洗練され過ぎでムードミュージックみたいな感じがしたものです。プラッソン盤はデュトワより録音は古いのですが、フランスの土臭さも感じられる所が良いのでしょう。オーケストラの響きもファゴットでなく伝統的なパソンを使っている点も寄与している所があるのでしょう。

 

 一枚目のCDでは最後の交響曲第3番が聴きものです。特に第2楽章の「深き淵より呼びぬ」はアダージョカラヤンの上をいく表現で、冒頭の弦のコラールの後にソロ・トランペットが初めて登場してエレジーを歌い始めるところなんざ、聴いていてゾクゾクします。この第2楽章と第3楽章の対比は見事で、カトリックの典礼という意味ではミそのものの表現で第2次世界大戦後の当時の社会情勢の人間全体の運命を思いながら苦悩しているさまを見事に表現しています。

 


 2枚目のCDには交響曲第4番と5番、そして、交響的断章第1番となる「パシフィック231」が収録されています。オネゲルの交響曲は3番以降ニックネームが付いていて、第4番は「バーゼルの喜び」となっています。そう、このバーゼルは「バーゼル室内管弦楽団」のことで、その創立20周年のために指揮者のパウル・ザッヒャーが委嘱したものです。ちなみに、創立10周年記念に作曲されたのが交響曲第2番で、弦楽オーケストラのために作品となっているのはそのためです。どういうわけか、このザッヒャー/バーゼル室内管弦楽団の演奏はよく耳にしていました。そういう関係もあり、オネゲルの作品もよく聴いていたのです。ところで、アルテ・ノヴァから一時期ホグウッドとバーゼル室内管弦楽団のディスクが発売されていました。ホグウッドもこの曲を録音していますが、ザッヒャーの時代のバーゼル室内管弦楽団とは別のオーケストラです。

 

 オネゲルの交響曲の中では唯一明るい雰囲気の曲です。そして、新古典主義の音楽としてはかなり聴きやすい作品になっています。第1楽章の中間部にはグロッケンシュピールと管楽器のメロディーが挟み込まれていて斬新です。この作品をプラッソンは弦と管を際立たせて演奏させており、分かりやすい音楽作りをしています。良い出来です。

 

 交響曲第5番は「3つのレ」というニックネームですが、これは楽章がいずれもティンパニのレの音で閉じられることからつけられたということです。コラールを交響曲の中で友好的に使っているのはショスタコーヴィチですが、このオネゲルもコラールを良く使っています。第5番では第1楽章がそういう雰囲気を持っています。フランスの交響曲作品は小粒で変則仕様が多いのが特徴ですが、オネゲルもその例に漏れません。そして、この曲の第2楽章ではシェーンベルクの十二音技法を取り入れています。まあ、個人的にはこの辺りが限界ですかね。音楽は楽しくなければ音楽では無いと思っていますから・・・

 

 この曲はミュンシュが初演していますが、オネゲルは心筋梗塞で倒れ病身の身でした。そんなこともあってか、初演の前に「僕には言葉が見つからない。だが僕は君の音楽を、そこから湧く神秘を胸に感じる。この曲に接すると喉がつまり、涙が頬を流れる。」と書き送っています。まあ、そういう厭世観にあふれた曲なのでしょう。

 

 このプラッソンの演奏を聴くと、彼の指揮するショスタコーヴィチの交響曲を聴きたくなってきます。フランス人指揮者のショスタコーヴィチ、ありそうで意外と無いのです。

 

 

 オネゲルの作品の中で、一番好きなのは交響的断章第1番「パシフィック231」です。タイトルもかっこいいですが、SLの疾走感を感じ取ることが出来る曲です。曲自体はインテンポで書かれていて、決して途中からテンポが速くなるという曲ではなく、いってみればラヴェルのボレロの世界です。ただ、曲が曲だけにSLがゆっくりと動き出し、徐々にスピードを上げていく疾走感の描写はただ者ではありません。冨田勲がシンセサイザーでこの曲を取り上げた訳が分ります。ブラッソンは冒頭のゴリゴリとした低弦の響きや、疾走時の金管の鳴らし方は、ここまでやるかという演出で音画としてのイメージを嫌でも耳に焼き付けてくれます。

 


 このプラッソンのボックスセットのブックレットの末尾に、オーケストラのメンバー表が載っていますが、Musiciens ayant participé aux enregistrementsというタイトルからするとおそらく、四半世紀におよぶこれらの録音に関わった全てのメンバー、という意味だと思います。今では退団したメンバーの名前も載っていて、たいへん興味深いもので、じっくり調べると木管楽器でフランスのオーケストラに入団した初の日本人で元・首席クラリネットの生島繁氏やフルートのマチュー・デュフォー(現シカゴ響首席)なんて名前も発見出来ます。