ブリュッヘンのジュピター | geezenstacの森

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ブリュッヘンのジュピター
 
曲目/モーツァルト 
交響曲第40番ト短調K.550
1.Molto Allegro 7:02
2.Andante 10:11
3.Menuetto 4:09
4.Allegro Assai 7:11
交響曲第41番ハ長調K.551
5.Allegro Vivace 12:57
6.Andante Cantabile 10:29
7.Menuetto 5:17
8.Molto Allegro   12:31

 

指揮/フランス・ブリュッヘン
演奏/18世紀オーケストラ

 

P:ゲルト・ベルク
E:ディック・ヴァン・シュッペン

 

録音/1985/05/23 
   1986/05-06 フレデンブルグ、ユトレヒト

 

PHILIPS 434 149-2

 

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 ちょいとご年配になると、フランス・ブリュッヘンという名は指揮者としてよりもリコーダー奏者としての方がしっくりくるのではないでしょうか。実際、小生も「涙のパヴァーヌ」と題されたアルバムでこのブリュッヘンの名を知りました。まあ、晩年はリコーダーを演奏することは無かったので、最近の人は古楽界の巨匠、指揮者としての認識なのでしょうが、そのブリュッヘンは2014年の8月13日、オランダ、アムステルダムで亡くなりました。79歳でした。2013年の引退公演が本当の意味での引退になってしまいました。

 

 ブリュッヘン氏は1934年10月30日、オランダのアムステルダム生まれ。生地の音楽院でリコーダーとフルートを学びましたが、次第に古楽器のリコーダーとトラヴェルソに傾倒し、リコーダーの表現技法の拡大に大きく貢献しました。わずか21歳でハーグ王立音楽院の教授に任命され、チェンバロ奏者のグスタフ・レオンハルト、チェロ奏者のアンナー・ビルスマらと組んで、オリジナル楽器によるバロック演奏を推進し、多くの後継者を育てました。この時代の録音はワーナー(テレフンケン)の「Das Alte Werk」シリーズやソニーの「SEON」レーベルに数多く残されています。

 

 1981年にこの18世紀オーケストラを立ち上げると供にリコーダー奏者としては引退し、ブリュッヘンの所持していた楽器は指揮者に転身してからほとんど手放したそうです。しかし、その多くは日本人のフラウト・トラヴェルソ奏者有田正広の手に移っているそうです。

 

 さて、最初に収録されているのは交響曲第40番です。この40番の方は18世紀オーケストラのデビュー番ともいえる演奏です。18世紀オーケストラはブリュッヘンの置く楽聖を具現化するために設立されたオーケストラで、最初の数年間はコンサートにだけ集中していたと言います。そして、ブリユッ編は傑作だけを録音するという方針に基づいて録音しているので、全集という形で完結したのはベートーヴェンとシューベルトだけという結果に終わっています。そんなことでモーツァルトは後期交響曲しか残されていません。

 

 モーツァルトの交響曲の中でも一番ポピュラリティがあるのはこの40番でしょう。何しろ「哀しみのシンフォニー」としてポップス化されてヒットチャートを賑わしました。そういう視点からすると、このブリュッヘンの演奏は個人的にはモダン楽器を使った演奏に非常に近いサウンドに仕上がっています。ピッチについての詳しいデータなどが解説には記されていませんが最初聴いたときはこれが古楽器による演奏とは気がつきませんでした。

 

 しかし、アンサンブルは練習のたまものでしょう、第1楽章はキリリと引き締まったスリムな演奏で冒頭の主題の処理は疾走するような感じで速めのテンポで駆け抜けていきます。第2楽章も同様で、いくつかの古楽アンサンブルが比較的ゆっくりとしたテンポで演奏しているのに対して、ブリュッヘンはモダンオーケストラと同じようなテンポですすめていきます。こういうことで古楽器による演奏というイメージがあまりわかなかったのかもしれません。ブリュッヘン/18世紀オーケストラはライブでしか録音しませんから、まさに毎回が一期一会の演奏になっているのでしょう。音楽が生きているのは、こういう点でリズムが硬直していません。自然の呼吸で音楽が伸び縮みします。ライブで聴いていたら、実に心地よい演奏なのでしょう。

 

 ブリュッヘンの演奏はクラリネットを用いた第2版を使用しています。ただ、この試みあまり成功しているとは思えません。内声部は充実するのですがまだまだメロディラインに埋もれているからです。ここら辺のアプローチはアーノンクールの方が徹底しているのではないでしょうか。それでも、この演奏は発売当時話題になったものです。改めて聴き直してもその思いは差ほど変わりませせんが、今となってはやや古典的解釈になりつつあるという感想です。

 

 

 この再編集盤で収録されている41番「ジュピター」は40番よりも強烈な演奏として耳に飛び込んできました。第1楽章冒頭のやや荒々しい響きの音を聴いた瞬間から聞き耳を立ててしまいます。実に堂々とした響きでありながら、弦楽の響きは柔らかいのです。モダンオーケストラでは決して出来ない響きの中から、モーツァルトが見えてくるのです。すなわち、剛一本槍でなく、それと対比する柔の優美な響きも持つ演奏が展開されているのです。最近聴いた中ではヤーコプスのジュピターと双璧をなす演奏です。ただし、40番に競べてブリュッヘンはこちらではゆったりとしたテンポで演奏しています。やや引きずるようなテンポでノンヴィフラートで突き進んでいき異常な緊張感が走ります。ライブということもあるのかもしれませんが、コーダでは溜を作ってテンポを落とすという古風なスタイルも取っています。

 

 第2楽章も同様なスタイルで不思議な緊張感が貫く演奏です。古楽器による演奏としてはパイロット的な位置付けにある演奏で、いうなれば古楽器の学究的な演奏姿勢でなく、むしろかなりロマンティックな味付けになっています。それでも、第3楽章はティンパニの力強さを強調した格調高い演奏で、イメージとしては強烈です。これは、古楽器でありながらモダン楽器に近い響かせ方をしている所に特徴があるのでしょう。それが一番良く現れているのはやはり第4楽章でしょう。編成は小さいながら奏でられる音は重戦車のような響きで、ジュピターの主題が聴く者に襲いかかって来ます。そして、これでもかっというリピートによって音楽はどんどん巨大化していっています。まさに、指揮者のブリュッヘンとオーケストラが一体化した巨大な音の固まりが怒濤のように押し寄せてくるイメージです。そして、ここでも最後は溜めに溜めた一撃で終了しています。まあ、こういう演奏を目の前で展開されたら、聴く方は唖然とするしか無いのではないでしょうか。ライブですからね当然拍手も収録されていますが、何時もはクールなヨーロッパのお客さんもここでは熱狂的な拍手になっています。

 

 

 最近はまた懐古趣味なのかモダンオーケストラの演奏が評価されつつある世評の中で、このブリュッヘンの演奏も再評価されるのではないでしょうかね。ブリュッヘンの追悼盤としては相応しい一枚でしょう。合掌。

 

 <追記>

 

 最近ブロムシュテット/NHK交響楽団の演奏をテレビで聴いて、スタイルとしては対向配置でコントラバスを第1ヴァイオリンの奥に配置するという古典的なスタイルでの演奏でしたが、解釈が一本調子でやや物足りなさを感じ、更には録画してあったものの中からネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏を聴いてみましたが、こちらは現代的配置でオーケストラを馬力でコントロールしているようなもので、モーツァルト演奏のアプローチとはやや違うなぁと言う印象しかありませんでした。まあ、プログラム的にもマーラーとモーツァルトを一緒に演奏するというのでやや無理があったのかもしれませんけどね。