鎌倉河岸捕物控〈15の巻〉夢の夢 | geezenstacの森

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鎌倉河岸捕物控〈15の巻〉夢の夢

著者 佐伯泰英
発行 角川春樹事務所 ハルキ文庫 時代小説文庫

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 船宿綱定の船頭・彦四郎は、贔屓客を富岡八幡宮へ送り届けた帰途、上品な小紋に身を包んだ女に乗船を請われた。貸切の船に乗せるのを逡巡した彦四郎だったが、代金を受け取らない条件で送り届ける旨を承知する。だが、船に乗せた美しい女は、彦四郎が幼い頃に突如姿を晦ました秋乃だったのだ。数日後、すべてを投げ出して失踪する彦四郎。十数年ぶりに再会した二人になにがあったのか?幼馴染みの身を案じた政次、亮吉は、彦四郎と秋乃を追い、疾走する。大好評書き下ろし時代長篇、待望の第十五弾。---データベース---

 前作は話の流れの中で亮吉が、主役のようなものでしたが、今回は彦四郎が主役なのでしょう。冒頭から富岡八幡宮の前に見目麗しい女が登場します。これまで、彦四郎の色恋沙汰は皆無だったので、これは本命の登場かと思ってしまいましたが、これはちょっと憶測に過ぎました。女の噂はまったくなかった所に女ですが、この設定が子供自分の彦四郎一人の思い出であり、妹のような存在だった少々わがままな女の子がいたという事になっています。そんなことで、この女の子の存在は政次も亮吉も知りませんでした。後づけにしてはうまい言い訳です。

 そして、純情な彦四郎は、その秋乃という女にあっという間にのめり込んでいく事になります。秋乃は人妻であり妾ですから、男を虜にするすべは心得ています。再会したその日から咥え込まれてしまいます。そして、仕事をうっちゃって旦那がいない事を良い事に秋乃のところに入浸りになります。恋は盲目とはよく言いますが、彦四郎の場合は亮吉のように女郎屋通いをした事が無いので、免疫がありません。そんなことで、幼なじみの政次と亮吉は手がかりを求めて何とか糸をたぐり寄せようとします。そして、足取りを掴んだかと思うと、一足違いで逃してしまいます。

 この卷は事件らしい事件は第二話ぐらいなものですが、それとて彦四郎の探索ついでにぶつかった事件です。大筋は福山藩のごたごたに巻き込まれた彦四郎と秋乃の追跡に費やされます。ただ、終わってみれば彦四郎はただ秋乃に振り回されただけの存在でしかありません。彦四郎の一途な恋に秋乃は応えていません。そういう点で、肝心の恋の逃避行というのにはほど遠い内容です。しほと政次の関係もそうですが、むじな長屋の三人の男の友情ついては熱く語られますが、事恋愛に関しては殆ど男と女の心理描写を描いていません。しほと政次の恋も、なんとなくの流れはあったけれど互いに恋焦がれる様な、そういうのは遂に描かれる事無く祝言を挙げてしまった感じです。で、彦四郎については、恋愛感情というよりは、秋乃に対する「情」の部分で逃避行をともにしていたような印象すらあります。何せ、ここでは秋乃に付いていくばかりです。

このシリーズはとても好きですが、
”恋”という心理描写は弱い気がします。

はっきりメインで描かれることは無かったような。
と思うので、

彦四郎の気持ちなど
そこがもう少し前々からのフリとかがあると良かったかなぁ。
もっと気持ちが入って読めたかもしれません。

今回は彦四郎の”恋”

でもこれって恋なのかな。
恋っていうよりは、捨てきれなかった”情”なのかなって読み終わって思いました。
なんとなく、全部を捨てて行くには弱い気がしますし、

 さて、今回の章立てです。

第一話 妻恋坂の女
第二話 大番屋の駆け引き
第三話 青梅街道の駆落ち者
第四話 秋乃の謎
第五話 宝登山神社の悲劇

♦第一話 妻恋坂の女
 いきなり彦四郎の登場です。今回は猪牙船ではなく屋根船で贔屓客を富岡八幡宮へ送ります。貸し切り船ですが、客が船宿に上がってしまい空船で帰る事になります。そこに小娘をつれた上品な小紋に身を包んだ女に乗船を請われます。猪牙は既に舫われていなく、本来なら乗せない客ですが、金を取らない事で戻り船に乗せます。船は神田川を遡り昌平橋の船着き場まで送ります。神田明神の側ですな。ところが、名も告げていないのに女が彦四郎の名前を知っています。訝しく思うと女は秋乃と名乗ります。それは彦四郎がまだ七歳の時の思い出の中の女でした。彦四郎の父親はも左官で、この頃は不新馬に彦四郎を連れて行きました。そこで五つの秋乃のお守りをさせたのです。彦四郎に取っては妹が出来たようなものでした。この事は長屋の政次や亮吉にも話しませんでした。
 その秋乃が大人の女になって忽然と姿を表したのです。秋乃とは子供ながらに将来嫁にしてやると誓った仲でした。しかし、今は福山藩中屋敷用心の妾になっていました。その用心は国元に帰っていて今はいません。で、彦四郎は船を早吉一人で綱定まで帰らせ、妾宅に上がり込んでしまいます。酒を酌み交わすと、秋乃の手練手管で遂には一夜を共にする事になります。さあ、いけません。ずるずると秋乃に溺れ込み、遂には姿を眩ましてしまいます。

♦大番屋の駆け引き
 綱定の宿主大五郎は、彦四郎の失踪を金座裏に相談します。幼なじみという事もあって宗五郎は政次と亮吉に探索を許します。政次はまず彦四郎の親の武吉に手がかりを求めます。早吉の記憶をたよりにしほが書き上げた似顔絵を見せると、秋乃の存在が浮かんできます。ところがこの秋乃の父親は心中していました。その真相を聴こうと政次は三ノ輪町に当時の親方を訪ねます。仔細を承知した政次はその帰り、須田町を通りかかると二人連れの男が道を訪ねて来ます。政次は道案内を買って出ますが、何とこの二人連れは居直ります。なんと二人は押込み強盗の一味だったのです。飛んで火にいる夏の虫という事であっさり政次にお縄になってしまいます。呼び子を吹くと亮吉たちが駆けつけ、その足で大番屋へしょっ引きます。
 鉄は赤いうちに打てとばかりに、一味が異変を察知する前に自白させます。この大番屋での取り調べの様子は中々の描写で、当時の取り調べのきびしさを伺い知る事が出来ます。繋ぎの連絡で宗五郎と寺坂毅一郎が到着する頃には一味が割れていました。直ぐに一行は捕縛に向かいます。まあ、この話は本筋の付け足しみたいなものです。ただ、御用の向きはこの巻ではこの事件だけです。

♦第三話 青梅街道の駆落ち者
 さて、本筋の彦四郎の捜索は中々進みません。政次はしほを伴って神田明神下の黒門町の親分配下の常八の店を訪ねます。万屋は常八のおかみが商う店で、近所で彦四郎を見かけたというのです。情報をたぐり寄せると秋乃の正体が朧げながら浮かんできます。妻恋坂の妾宅を見つけ、おとないを入れますがいたのは小女のおしかしかいません。秋乃と彦四郎は旅に出たというのです。そこで、秋乃が落籍された店を訪ねると、武州秩父の少林寺へ向かった事が分りました。ようやく彦四郎の影を捕まえる事が出来ました。しかし、妾宅の前で怪しげな武士が見張っていた事がいささか気になります。

 亮吉と政次は青梅街道を早足で追いかけます。街道筋で似顔絵をたよりに聞き回ると、秋乃は足に肉刺をこさえたようで馬を使っている事が分ります。名栗村で朝餉を取っていると、武士たちの一行がいる事に気がつきます。相手から名乗りを上げ、福山藩江戸屋敷配下のものであることがわかり、さらに秋乃を追っている事が知れます。金座裏が関わっている事に危機感を覚え、お互いに干渉しないようにとの了解を取り付けます。しかし、それ以外にも福山藩の大阪屋敷の一味も同じく秋乃を追っている事が分ります。ところが、この一味が途中で政次らに仕掛けて来ます。しかし、政次の前ではたじたじに蹴散らされます。

♦第四話 秋乃の謎
 秩父に入るとその足で少林寺を訪ねます。しかし、ここでも彦四郎たちは既に立った後でした。しかし、住職からこの寺と秋乃の関係を聞き出す事が出来ます。秋乃の父は出は信濃の臼田村でしたが秩父に出て来て、少林寺を菩提寺としたと言うのです。秋乃は父親の遺髪をこの菩提寺に納めにきていました。それは、何かとの決別を意味するものなのでしょうか。しかし、この住職との会話は床下に忍び込んだものに聞かれる事となり、気がついた時には既に墓が荒らされていました。
 政次は飛脚問屋を訪ね江戸からの手紙が届いていないかと確認します。そこには丁度着いたばかりの書状がありました。運んできたのは豊島屋の常連の鳩十でした。江戸から一昼夜で運んできたものでした。宗五郎からの手紙には備後福山藩安部家にまつわる仔細が書き記されていました。それによると、秋乃の囲い主の古村五郎次が大阪屋敷総元締時代に藩政改革に絡んで不正に賄賂を蓄財していたというのです。その額が半端なものではないため藩がそれを追求しているという事態が背景にありました。
 政次たちは秩父を発ち、武州街道とあらかわ道の交わる所でふたたび江戸福山藩家中の一行に遭います。政次たちが得た情報のもと秋乃を追う理由を尋ねると、なんと秋乃が藩主の書いた借用書を所持しているというのです。それを奪い返すための追跡でした。彦四郎はそれに巻き込まれているのです。
 政次たちは先を急ぎますが、途中から二人の足跡が消えてしまいます。訝しく思い、あらかわ道を戻ると江戸に至る事に気がつきます。彦四郎たちは江戸に引き返しているのです。あらかわ道は川に沿って続いています。彦四郎はその川沿いに下ったと推察します。

♦第五話 宝登山神社の悲劇
 途中でまた大阪屋敷の残党に出くわしますが、これも軽くいなして政次と亮吉は材木場で筏の切り出しをしている男と出会います。そこには彦四郎たちの痕跡があり、運良く猪牙があり、それを借りる事が出来ます。川下りで秩父赤壁にさしかかると岩場から声が掛かります。福山藩江戸藩邸の一行です。やはり、このルートを辿っていました。しかし、旅装束で陸路江戸に向かうと言います。政次たちはとりあえず川越まで下り、船を返すとつげます。しかし、実際は一行の後を亮吉に付けさせます。長瀞の宝登山神社の麓の船着き場で亮吉を待つ事にします。
 亮吉の話では、宝登山神社の本殿前で何か事が起こりそうだと言います。政次たちはそこに向かう事にします。長瀞では何か駆け引きがありそうです。政次は夜半までは宿に体を休め、福山藩の動きを待つ事にします。まあ、ここからがクライマックスですが、事件はやや不自然な形で結末を迎えます。なぜ、ここまで古村五郎次が連れてこられていたのか、その繋ぎはどうなされたのかについ手が釈然としません。とにかく、彦四郎は茶番に回り古村五郎次と秋乃は手に手を取って逃げ出します。さして、最後は・・・・まあ、それはとくと読んでみて下さい。

 ちょっと恋の逃避行とは、言い切れないストーリー展開と最後の結末です。娯楽小説の一編と考えれば、こういう展開もありなのでしょうか。なんか、読んでスカッとした気分になれない卷でした。また、江戸を飛び出していますのでこの事件のストーリーを追う地図が無いといささか興味が半減してしまいます。毎卷、金座裏周辺の地図が付いていますが、この巻ぐらいは奥秩父の探索ルートの地図ぐらいつけてほしいものです。