鎌倉河岸捕物控〈14の巻〉隠居宗五郎 | geezenstacの森

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鎌倉河岸捕物控〈14の巻〉隠居宗五郎

著者 佐伯泰英
発行 角川春樹事務所 ハルキ文庫 時代小説文庫

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 祝言の賑わいが過ぎ去ったある日、政次としほの若夫婦は、仲人である松坂屋の松六の許へ挨拶廻りに出かけた。道中、日本橋付近に差し掛かった二人は、男女三人組みの掏摸を目撃する。政次の活躍により、掏摸を取り押さえたものの、しほは、現場から立ち去る老人に不審なものを感じていた。やがて、政次の捕まえた掏摸が、江戸に横行する掏摸集団の配下であることが判明。隠居然としていた宗五郎も政次とともに、頭目の捕縛に乗り出すが―。金座裏の面々が活躍する大好評書き下ろし時代長篇、待望の第十四弾。---データベース---

 政次としほの祝言も無事に終わり、宗五郎の肩の荷が下りで隠居然とした様子に手下たちが心配を始めます。政次をはじめとして手下たちは、まだまだ金座裏九代目の宗五郎を隠居させようとは思っちゃいません。そんな事で、亮吉が親分を担ぎだします。こういう事件、やはり年季の入った宗五郎でなくては勤まりません。そんなことで、タイトルこそは隠居している宗五郎ですが、その実はまだまだ、金流しの十手が活躍する作品となっています。

 今回は、久しぶりに事件は小粒ですが、一話読切りの形になっているのでちょっとした空いた時間に気軽に読める一冊になっています。ただ、この巻でも用語の使用方法の間違いが多々見受けられます。ちょんぼなんて言葉が登場しますが、この言葉は麻雀用語で麻雀が普及しだすのは明治以降です。また、川越藩の藩主直恒と奥方も登場しますが、その話し言葉の自称が私になっていて唖然としました。ここはどう考えても妾(わらわ)でしょう。古町町人の使う言葉は生粋の江戸言葉のはずで、自称はわっしのはずです。またはへりくだっていうと「てまえ」でしょう。この小説ではこういう表現は出て来ません。ここが時代小説であって時代小説ではない所でしょう。ちなみに、この物語がNHKでドラマ化された時はちゃんと宗五郎は「わっし」と名乗っていました。さすがNHKは時代考証がしっかりしています。

 さて、今回の章立てです。

第一話 挨拶回り
第二話 菓子屋の娘
第三話 漆の輝き
第四話 涙の握り飯
第五話 婿養子

♦第一話 挨拶回り
 宗五郎の最近の楽しみは、煙管で煙草を吹かしながら子猫の菊小僧を膝に抱いてじゃれている事です。享和元年(1801)三月六日、祝言も無事終わり、髪を結い終えた政次はしほと一緒に挨拶回りに出かけます。すると、日本橋の上で男女三人組の掏りの現場を目撃し現行犯逮捕します。捕まえたのは櫓下のおかるらでした。その様子を遠巻きに観ていた宗匠頭巾に長羽織の老人がいます。しほはその人物を注視し、記憶にとどめます。折よく亮吉らが駆け付け、おかるらを引き渡し、その足で政次としほは最初の挨拶回り先、松坂屋の松六を訪ねます。
 つぎに訪れた北町奉行所では、吟味方与力の今泉修太郎が櫓下のおかるの後ろには大きな組織が介在しているようだと告げます。頭目は宗匠と呼ばれているじんぶつです。しほは先ほどそのような人物を見かけていますから早速似顔絵をしたためます。最後は川越藩邸で、多大な歓待を受け藩主直恒にお目通りをする事になります。繋がりがあるとはいえ市井の人間が藩邸で藩主にお目見えするのは大変な出来事です。ために退出が遅くなりますが、その帰り道一石橋の上で宗匠らの待ち伏せに遭います。しかし、そこは政次の活躍で難なく賊を蹴散らします。ただし、宗匠には逃げられてしまいます。
 一味はおかるの解き放ちを要求し、水道に毒を撒きます。このこともあり、尾行を前提におかるを解き放ち、泳がせます。これが功を奏し、越中島沖で賊の船を発見し捕縛します。

♦第二話 菓子屋の娘
 吟味方与力の今泉修太郎が金座裏にあらわれます。今泉家は寄合旗本米倉播磨守に出入りしています。その嫡男・由良之助が放蕩で困っているというのです。米倉家は中奥小姓衆の推挙を内々に受けたばかりで、何としてでも由良之助の放蕩を改めなければなりません。この一件は、宗五郎が請け負います。米倉家の用人・伊東喜作、それに隠居した修太郎の父・今泉宥之進の三人でなんとかするつもりです。宗五郎はなぜ由良之助の放蕩の原因を用人の伊東喜作に尋ねると、三、四年前に行儀見習いで奉公にあがった「おれき」という娘を実家に帰させたのが原因ではないかといいます。これが、牛込改代町の菓子屋の娘です。
 宗五郎はおれきに会いますが、おれきはきっぱりと由良之助との関係を否定します。しかし、あまりにもはっきりとした口調に帰って不振を覚えます。果たして宗五郎の予感通りおれきが動き出します。向かった先は浅草奥山で、訪ねる先は閻魔の達五郎親分のところで、ここでは賭博が開帳されていました。その用心棒を由良之助たちが請け負っていたのです。おかるは凛とした態度で由良之助を窘めます。ここからが宗五郎たちの出番です。

♦第三話 漆の輝き
 これは何とも不思議な事件です。江戸橋際の船宿玉藤の女将・こいねが金座裏を訪ねてきました。亀戸天満宮の料理茶屋加賀梅の隠居・正右衛門と名乗る男が一年前から顔を見せています。今回は孫娘のおたかを連れてきて、姉娘に婿を迎えるために祝言の品々を買いに来たのですが、それが昨夜戻ってこず、そうこうしている間に小間物屋や呉服屋などから品物が届き、精算をしてくれといってきたのです。正右衛門からは金子をあずかっていたのですが、その包みを明けてみると中身は偽金でした。
 政次は加賀梅を訪ね、しほが描いた似顔絵を見せると、叔父の寛次郎に似ているといいます。寛次郎は祖父が外に産ませた子で、寛次郎の母は行徳の塩浜出身と分ります。はたして、政次たちが出張るとほどなくして寛次郎たちが船で行徳に現れます。まあ、簡単にお縄になるのですが、一年前から準備したにしても、軍資金がそれなりに入るわけでその金があるくらいならこんな手の込んだ事をやらなくて元思わせる事件です。
 それよりも、亮吉が戻って来ません。むじな長屋に母親の見舞いに立ち寄っているのですが、どうもそれだけでなくお菊の父親が怪我で働けなくなり、お菊が苦界に身を売るって話が持ち込まれているようなのです。そして、この件には宗五郎が絡んでいるようなのです。そう、この巻は、表立ってはいませんが亮吉にまたスポットが当っているようです。

♦第四話 涙の握り飯
 亮吉は相変わらずお菊のことで奔走しています。お菊は板橋宿に売られることになったようで、亮吉はその身売り先をこっそりと調べているようです。そして、宗五郎も板橋宿の仁左親分のところに出掛けています。お菊が身売りする曖昧宿を仕切っているのは、上州の黒保根村生まれの参次という男で、曖昧宿の他に賭場も開いているという情報を亮吉がもたらします。それを確かめるために、宗五郎は隠居の格好をして亮吉とともに賭場に乗り込みます。壺を振っているのは才賀のお一という女で、どうも宗五郎のことを見知っているようでした。宗五郎はこの日は思いのほか勝ち続け60両あまりを手にします。そして、帰ろうとするとやはり賭場の用心棒たちが追いかけて来ます。勝ち逃げは許さないらしく、既に殺された客もいました。
 奉行所の到着を待ち、宗五郎は翌日も賭場へ出掛けます。この日はお菊が曖昧宿に売られてくる日でした。参次は宗吾郎たちを不審な人物としてマークしています。お菊たちが到着すると亮吉がフライイングして名乗りを上げてしまいます。そこは宗五郎も心得たものできっちり対応します。グッドタイミングで奉行所の応援も到着し、一味は捕縛されます。お菊たちは、仁左親分のおかみが拵えたお握りを咽びながら頬張ります。
 この事件には後日談があり、宗五郎はお菊の一家に生活費を渡します。まあ、これは賭場で稼いだ金を渡したものですが、もう一つうれしいことにお菊は豊島屋でしほの後釜として働く事になります。さて、2代目のしほになることができるのでしょうか。そして、亮吉との仲は進展するのでしょうか

♦婿養子
 先の事件には後日談があり、宗五郎はお菊の一家に生活費を渡します。まあ、これは賭場で稼いだ金を渡したものですが、もう一つうれしいことにお菊は豊島屋でしほの後釜として働く事になります。さて、2代目のしほになることができるのでしょうか。そして、亮吉との仲は進展するのでしょうか?
 季節は旧暦三月。鎌倉河岸の八重桜も満開に咲きます。この日は本来なら川越藩の藩主が豊島屋を訪れ、名物の田楽を食しながらこの桜を愛でる予定でした。ところが、急に体調を崩し、それが叶わなくなります。

 翌日、朝稽古の後政次は川越藩を訪れ藩主の容態を伺います。幸い大事には至らなかったようで安心して金座裏に戻ります。すると誰もいなく、おみつが鉄砲町の革足袋問屋の美濃屋が一家心中したと告げます。駆けつけた現場はでは焼死体が四体見つかり、自殺したように見受けられます。主の源次郎、つねよ、娘婿の誠吉朗、おさくであろうと推測された。聞き込むと、商いは繁盛しているとは言い難かったのですが、心中するほどのことははなかったようです。政次は原因に不審な点を嗅ぎ付け、娘婿の誠吉朗の周辺をさぐります。この誠吉朗の唯一の楽しみが将棋であったそうで、それ以外は判を押したような毎日を過ごしていました。しかし、最近では小夜の開く林道場にも通っていた事が分ります。それも、わざわざ左利きでの稽古です。これは不信です。たぐると、一人の同郷の松之助という男が浮かび上がります。この男無宿者に身を落としていました。そして左利きだったのです。そして、船で上方に高飛びしようとしていました。政次らは張り込みをします。

 事件としては小粒で、大した事はありませんが、九代目、十代目そろい踏みの活躍が堪能出来ます。やはりそれぞれに役割がある訳でその点では楽しめる一冊です。政次は当然ですが、亮吉もいい働きしています。