バイロン・ジャニスのラフマニノフ
曲目/ラフマニノフ
ピアノ協奏曲第3番 二短調 Op.30
1.第1楽章 Allegro ma non tanto 14'40
2.第2楽章 Intermezzo. Adagio 10'02
3.第3楽章 Finale. Alla breve 12'48
ピアノ/バイロン・ジャニス
指揮/シャルル・ミュンシュ
演奏/ボストン交響楽団
指揮/シャルル・ミュンシュ
演奏/ボストン交響楽団
録音/1957年12月29日 ボストン、シンフォニー・ホール
P:リチャード・ムーア
E:ルイス・レイトン
P:リチャード・ムーア
E:ルイス・レイトン
RCA CAMDEN CLASSICS CCV5043

バイロン・ジャニスの名前はレコード時代はフィリップスから発売されていたグロリアシリーズのリストの協奏曲を所有していたので少しは知っていました。しかし、RCAにこういう録音があるとは知りませんでした。このレコードは、イギリスのショップで購入した物です。貼ってあるシールから91ペンスであった事が分ります。当時の相場で、400円前後でしょうかね。日本のレコードが、廉価盤といえどもどれだけ高かったか分ろうというものです。このレコードはアメリカではピンク色のジャケットの「VITROLA」シリーズで発売されていたものですが、こちらはイギリス盤でジャケットのデザインはロンドンのナショナルギャラリーの絵画をあしらっていて格段に高級感があります。ニコラス・ランクレットの「The Four Times of Day」という4部作の中の「Evening」と題された作品の部分が使用されています。購入時、レコード店ではファクトリー・シールが掛けられていましたので写真はその状態で撮影してあります。ファクトリー・シールはアメリカ盤の専売特許ではなかったんですなぁ。裏面も廉価盤にも関わらずきっちり解説までついています。

で、そのレコードがバーゲンされていたので、捕獲したものです。バイロン・ジャニスとミュンシュの共演という事もゲットの理由の一つです。こんなものがあったんですなぁ。で、日本に帰って来て早速聴いた印象は無茶苦茶早い演奏でビックリしたものです。リストの演奏でえらいバリバリピアノを弾くピアニストだという事は知っていましたが、この早さは驚異でした。しかしまあ、後から知ったのですが、この早さ作曲者のラフマニノフに近いテンポだったのです。近年のピアニストがいかにもロマン派の作品でございとゆっくり演奏しているのが分ろうかというものです。
ピアノ、指揮/オーケストラ | 第1楽章 | 第2楽章 | 第3楽章 |
セルゲイ・ラフマニノフ、ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団 | 13'51 | 8'39 | 11'22 |
ゾルタン・コチシュ、エド=テ・ワールト/サンフランシスコ交響楽団 | 13'55 | 9'55 | 13'28 |
バイロン・ジャニス、シャルル・ミュンシュ/ボストン交響楽団 | 14'40 | 10'02 | 12'48 |
バイロン・ジャニス、アンタル・ドラティ/ロンドン交響楽団 | 14'48 | 10'08 | 12'49 |
ヴラディーミル・ホロヴィッツ、フリッツ・ライナー/RCAビクター交響楽団 | 15'26 | 9'47 | 12'08 |
マルタ・アルゲリッチ、リッカルド・シャイー/ベルリン交響楽団 | 15'27 | 10'59 | 13'02 |
ヴラディーミル・アシュケナージ、アンドレ・プレヴィン/ロンドン交響楽団 | 18'44 | 12'08 | 14'58 |
今年の夏のレコード整理で、掘り出した一枚です。てっきり、このレコードは処分したものと思っていました。改めて聴くと、輪郭のハッキリとしたクリアな音が印象に残りました。やや強めの打鍵で硬く力強い音ながら、荒れたところが無く、ガラス細工のように、隅々まで整っています。ややクールな感じはしますが、それまでのムード満点の演奏とは違い、メロディーもあまりロマンティックに歌わせたりはせず、むしろ音色の魅力を前面に出し、均整の取れた造形の美しさがあります。ジャニスには上のリストのように2種類の録音が存在します。一般的に知られているのはドラティとの録音のマーキュリー盤でしょう。RCA盤はほんとにステレオ初期のものです。彼がソ連に演奏旅行をし、ブレークする前のものという事が出来ます。RCAは原石を抱えていたんですなぁ。でも,RCAには御代のホロヴィッツやルービンシュタインがいたので陰に隠れてしまっていたのでしょう。そうそう、殆ど弟子を取らなかったホロヴィッツが自ら弟子として教えたのはこのバイロン・ジャニスの他ケーリー・グラフマンとロナルド・トゥリーニしかいないそうです。
第1楽章から異様な速さに驚かされました。プレヴィン/アシュケナージが18分台、ハイティンク/アシュケナージやワイセンベルクですら17分台で演奏している第一楽章を14分40秒で飛ばしています。で、ただテクニックだけで押し切っているかというと、ピアノの粒立ちがキラキラしていて、フォルテからピアノに一転するところなどは、ピアノに入ったところで潮が引くようにスッと柔らかくなります。30歳前の録音ながら、このテクニックは恐れ入ります。そして、ミュンシュ/ボストン響のバック、興が乗った時のミュンシュの即興性でしょうか。阿吽の呼吸でこの若者のテンポを支えています。ボストン響は伝統的に弦のオーケストラで、どっしりとした響きで定評がある所ですが、ここではスポーツカー並みの疾走感でやや軽めの響きでぐいぐいと引っ張っていきます。そんなことで全体はピアノソロ、伴奏ともに、どちらもロシア的な泥臭さや無骨さからは遥かに遠く、都会的で洗練されています。時に、この作品はアメリカへの演奏旅行のために作曲され、アメリカで初演されていますから変にロシア的背景を持たずに演奏する方が理にかなっているのかもしれませんな。
バイロン・ジャニスは1960年代ヴァン・クライバーンと並んでアメリカでは人気のあったピアニストのようですが、こういう凄まじいまでの強烈な打鍵でバリバリと弾いたせいでしょうか、重度の関節炎を患って手を痛めてしまい半ば引退のような形になります。アメリカのピアニストは強いアタックで弾くタイプが多いので、手を傷める人が多いのではないでしょうかね。レオン・フライシャーやゲーリー・グラフマンなども痛めてしまいましたね。
第2楽章は、叙情楽章という事でテクニックだけでなく、叙情性を醸し出す美しいアダージョを披露しています。第1楽章が早いだけにこのコントラストは目立ちます。力強さや取り澄ましたような美しさだけではなく、感傷的で息をのむほどの情感が感じられます。
そして、また第3楽章の冒頭の速い部分などは、アクロバティックな動きで飛ばします。アメリカをイメージして作曲されたというラフマニノフの言葉通り、力感がありながらあやふやなところがないばかりか、躍動感があり爽快感があります。それでいてフレーズごとに緩急はきっちりと取り入れていて申し分ありません。この演奏、以外と隠れた名盤なのかもしれません。