バイオリニストは目が赤い | geezenstacの森

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バイオリニストは目が赤い

著者 鶴我裕子
発行 新潮社 新潮文庫

 N響入団当日、あまりの緊張感に耐えられなくなり、「一週間と保たないな」と感じた―。それから三十年以上、第一バイオリン奏者として楽団をささえた著者が、オーケストラの舞台裏から、マエストロたちの素顔、愛する曲・演奏家までを語り尽くす。クラシックを愛する人もそれほど詳しくない人も、とにかく楽しめる、各界絶賛の極上エッセイ。『バイオリニストは肩が凝る』改題。===データベース===

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 この本は,もともとNHKの「N響アワー」にゲスト出演した時に,司会の檀ふみさんから勧められて「音楽現代」に連載したエッセイを中心にまとめ,2005年に「バイオリニストは肩が凝る」というタイトルで出版されたものです 学生時代の思い出,マエストロたちの素顔,理想の指揮者像などが面白おかしく書かれています。そう、著者は元NHK交響楽団の第一ヴァイオリン奏者で現在は現在は嘱託楽員としてトラで活躍している鶴我裕子さんです。冒頭、サヴァリッシュの最後の定期登場(第1526回定期演奏会)となった2004年のエピソードから始まります。ここで終演後にサヴァリッシュに花束を捧げたのが著者の鶴我裕子さんだったのです。このプレリュードに続いて以下の章立てでオーケストラの内側から見たユーモア溢れるエピソードが綴られています。

私の音楽修業時代
オーケストラの舞台裏
カイシャで出会ったマエストロたち
N響休憩室
マイ・フェイヴァリット
裕子の音楽用語事典
フィナーレ
文庫版のためのあとがき

「私の音楽終業時代」には同窓のコバケンとのエピソードも登場しプリマ・ヴェラ合奏団では彼が指揮を担当していたそうです。その彼がもう一度登場する「歌を忘れたカナリアになった理由」では思わず笑っちゃいました。まあ、そういうエピソードは読んでもらった方が良いでしょう。指揮者については言いたいことが多々あるようです。ここで登場する指揮者はN響に登場した指揮者ですが、評価が高いのはサヴァリッシュを筆頭にスベトラーノフやピエール・ブーレーズ氏のようです。まあ、これにはいろいろ条件が有るようです。その条件とは、

1.名実ともに,自分の上をいっていること。
2.人格が備わっていること。
3.今も,すごく勉強していること。
以上が最低条件.さらに,
4.自分(私)の好きな音楽づくりをすること。
5.容姿・動作が美しいこと。
6.ユーモアがあること。
もっと言うなら,
7.練習がうまく,すぐ終わること。
8.無意味に難しい曲を,やらないこと。
最後に,
9.聴衆に人気があること。

 カイシャというのはもちろんNHKのことです。確かに大会社で潰れることは無い一流企業ですわな。恵まれている環境だとは思いますが、やはり組織としては色々問題も有るのでしょう。そういう裏側が覗けるのが「オーケストラの舞台裏」でしょうか。そこで魅せる指揮者の素顔、その一瞬を捉えた千代社のエッセイは中々新しい発見が有ります。そう、平凡な指揮者は,初めの練習でまず全曲を通すが,これは奏者を疲れさせるだけ。まだ整備の出来ていない飛行機を「とにかく目的地まで飛ばしてみよう」というのと同じだというのです。名指揮者は,決してこれをしないそうで、ゲネプロ(会場練習)も、やみくもに通したりせずポイントだけを押さえ、少しの不安を残して解散するそうです。このスパイスのおかげでみんな本番で油断をしないし、棒に集中するようになり、結果組織として自分一人では決して行けなかったような高みまで登ることになるのだそうです。

 マエストロたちの意外な血液型が明らかになっています。岩城宏之氏はB型、外山雄三氏はAB型、スゥイトナーはO型、マタチッチもO型、ホルスト・シュタインはA型、そして、サヴァリッシュはB型のRH-だったそうです。あの性格からしてこれは意外でした。血液型はあまり関係ないようです。

 N響休憩室で元のタイトルでもある「ヴァイオリニストは肩が凝る」というエッセイも収録されています。これは職業病でもあるようです。もう一つ、ヴァイオリニストの写真は左側から写した写真が多いのにお気づきでしょうか。特にオーケストラの演奏者は何時もカタにヴァイオリンを押し当てているので首のところにヴァイオリンダコが出来るのだそうです。

 後半は著者の好きなアーティストのエッセイがちりばめられています。もちろんヴァイオリニストが多いのですが、中にはグレン・グールドの名前も見えます。グールドはコンサートを拒否したピアニストですが、協奏曲も残していますし、サブに回ったバッハのヴァイオリンソナタ集も出しています。そこで引いているヴァイオリニストはハイメ・ラレード、エリザベート・コンクールの1959年の優勝者です。で、この演奏はどうかというと、こんな替え歌で表現しています。
♪お前と録音する前に 言っておきたいことがある
かなりきびしい話もするが 俺の本音を聞いておけ
俺より先に出てはいけない 俺より後に残ってもいけない
トリルは上手くやれ いつもきれいな音を出せ できる範囲で構わないから
忘れてくれるな 仕事もできない男に
売り上げを伸ばせるはずなどないってことを
お前にはお前にしかできないこともあるから
それ以外は口出しせず 黙って俺についてこい

 もちろんさだまさしの「関白宣言」の替え歌です。でも、こういうバッハのヴァイオリン・ソナタ、一度聴いてみたいものです。

 ヴァイオリンの協奏曲の名曲としてヴィオッティのヴァイオリン協奏曲第22番が取り上げられているのはうれしい気がしました。この曲最近でも、あまりレコーディングされていません。一番有名なのはアッカルドのものでしょうか。小生は他にベボスコの物を所有していますがもっと多くのヴァイオリニストに演奏してもらいたいものです。


 最後はやや穴埋め的にエッセイが続きますが、どれもがユーモアに溢れ、鶴我さんの人柄がしのばれる素晴らしいエッセイになっています。多分鶴我さん自体はらO型でしょう。最近読んだクラシック関係の本の中でダントツに面白かった本です。続編も出ているようですので機会があったら手に取ってみたいと思います。