年末はベートーヴエン三昧 | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

クリヴィヌのベートーヴェン交響曲全集

イメージ 1


ソプラノ:クリスティアーネ・カーク
アルト:キャロリン・マズア
テノール:チャールズ・ワークマン
バス:アラン・ブエ
シャンブル・ル・エレメンツ合唱団
ラ・シャンブル・フィルハーモニック
エマニュエル・クリヴィヌ(指揮)

 昨日はバレンボイム/ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団のベートーヴェンを取り上げましたが、その映像を検索した時にもう一つ気になる映像が引っかかりました。それがクリヴィヌ率いるピリオド楽器オーケストラ、ラ・シャンブル・フィルハーモニックのベートーヴェン交響曲全集全集です。こちらは編成も小さいし、基本的にベートーヴェンの指定したテンポに従って演奏していますから、速めのテンポになっています。2009年から2010年にかけて行われた演奏会の映像で、基本的にこの映像の音源がCDとして発売されています。

イメージ 2


 「何か新しいこと」を表現するためにこの録音に臨んだわけではないけれど、厳重に検討を重ねた結果いくつもの「新しい真実」を見つけた、と語るクリヴィヌ。クリヴィヌといえば、モダン楽器の指揮者としてスタートしていますから、このピリオドアプローチは時代性を重視した演奏ということが出来るのでしょうか。このオーケストラこそ2004年に創設しましたが、2006年にはモダンオケのルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任しています。オーケストラに酔ってその時代に即した作品を演奏するというスタンスなんでしょうね。

 様々な校訂版を検討して細かなアーティキュレーションやディナーミクを丹念に手掛けていて、すべての楽曲が非常に新鮮、刺激的に響きます。このオーケストラは、オリジナル楽器の名手たちによって構成されています。徹底してアーティキュレーションなどにこだわったことにより、ガット弦特有の魅力的な不均衡さを伴う弦楽器パートや、管楽器のまっすぐな響き、直線的なクレッシェンドなど、刺戟的な音色が得られ、素晴しい効果をあげています。曲ごとに楽器編成を熟考した結果、交響曲的なダイミックさと厚み、時に緻密な室内楽のアンサンブルの楽しみに満ちた、生き生きとしたベートーヴェンの交響曲の世界があますところなく表現されています。

 ライヴの熱気と緊張感に満ちたとびきりのベートーヴェン交響曲全集です。レコ芸では未だに名曲名演のランキングにブリュッヘン/18世紀オーケストラの演奏がランクの上位を占めていますが、そろそろこういう演奏が台頭して来てもいいのではないでしょうか。演奏スタイルとしてはピリオドでの先鞭を付けた物ですが、今聴くとどうもモダンの面影を引きずっている様な気がしてしまいます。その点、このクリヴィヌの演奏はもう一皮剥けた21世紀のスタイルを確立している様な気がします。

 ブリュッヘンでも実践しなかったオリジナル楽器のコントラファゴットが第7番の交響曲で用いられているのは録音としては初めてのことです。コントラファゴットは、コントラバス・パートとほぼ同じ旋律を担当したことが多いという記録から、ここでもその方法がとられています。このコントラファゴットが加わったことにより、管楽器セクションにより一層の広がりと魅力的なリズム構造がくっきりと表れ、ドライヴの効いた響きにワクワクします。

 スタンスとしては、クリヴィヌが「作曲された当時の響きを再現」させるために古楽器を使った訳ではないということがいえます。ピッチが古楽器にしては結構高いし、新ベーレンライター版に完全準拠した演奏ではないところもあります。(根拠は第9で、第1楽章の第2主題の音型はベーレンライター版に従っているのに、第4楽章のトルコ行進曲直後のホルンの変則リズムが、従来通りになっているなど)。また、編成が小さいので7、8番あたりを聴いていると、いかにベートーヴェンが木管楽器パートに、遊びのような面白い効果をふんだんに散りばめているかがとてもよく分かります。4~6番あたりは、各楽器間の音がぶつかり合い、激しいコントラストを生みながら、線の太いドラマが生まれてくるさまがエキサイティング。決してそれぞれの音が溶け合わない。4番の第1楽章の主部突入時の凄まじいパワーの炸裂には腰が浮いてしまいます。あと、第2番での漲る意志、第3番の切れ味鋭い第1楽章のアレグロ・コンブリオからして、颯爽とした確かな足取りも印象的です。

 100%感動というと嘘になり、交響曲第9番あたりは第1楽章はもう少し躍動感があってもいいかなという気はしないでもありません。調べると、やはりこの録音が一番早くなされています。プロジェクトの最後に演奏されたらもう少し違った印象になっていたのかもしれません。ただ、随所に面白い旋律が隠されていて、刺激的な演奏であることは確かです。

 この年末ベートーヴェン三昧して、モダンオケとビリオド楽器の室内オケの両方で楽しむことが出来ました。どちらが上というわけではありませんが、より、自分の今の感性に近いのはピリオドアプローチのクリヴィヌに軍配が上がりました。不思議なことに、レコ芸ではこのクリヴィヌの演奏は評価の対象にもならなかったようで、月評担当者は無視しています。

 個人的には、昨年末のティーレマン/ウィーンフィルのベートーヴェン全集よりははるかに聴きごたえがあり、惹き込まれました。そんなこともあり、ここで声を大にしてこれは一聴の価値があると取り上げた次第です。まあ、聴いてみて下さい。 

交響曲第1番ハ長調 op.21(I. 8:31, II. 7:04, III. 3:22, IV. 5:40)  録音時期:2009年12月

交響曲第2番ニ長調 op.36(I. 11:36, II. 9:34, III. 3:42, IV. 6:24) 録音時期:2010年5月

交響曲第3番変ホ長調 op.55『英雄』(I. 15:27, II. 13:56, III. 5:38, IV. 10:59) 録音時期:2009年12月

交響曲第4番変ロ長調 op.60(I. 10:57, II. 8:00, III. 5:31, IV. 6:34) 録音時期:2009年12月

交響曲第5番ハ短調 op.67『運命』(I. 6:57, II. 8:35, III. 5:10, IV. 10:53) 録音時期:2009年12月

交響曲第6番ヘ長調 op.68『田園』(I. 10:53, II. 11:30, III. 4:50, IV. 3:41, V. 9:15) 録音時期:2010年5月

交響曲第7番イ長調 op.92(I. 13:44, II. 7:34, III. 8:13, IV. 8:28) 録音時期:2010年5月

交響曲第8番ヘ長調 op.93(I. 8:20, II. 3:37, III. 4:24, IV. 7:29) 録音時期:2010年5月

交響曲第9番ニ短調 op.125『合唱』(I. 14:29, II. 13:30, III. 12:24, IV. 22:59) 2011年4月17日マルセイユ、シテ・ド・ラ・ミュジーク