蘭陽きらら舞 | geezenstacの森

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蘭陽きらら舞

著者 高橋克彦
発行 文芸春秋 

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 胸にしみる人情話から背すじも凍る幽霊譚まで捕物帖の醍醐味が満載!大好評「だましゑ」シリーズ第4弾!若衆髷を結い、女と見紛う美貌だが、役者仕込の俊敏さで荒事もこなす蘭陽が、相棒の春朗(後の葛飾北斎)とともに江戸の怪事件に挑む―。--データベース---

 これはシリーズと言ってもシリーズではありません。もう当初の「だましゑ」とは全く関係がありません。そもそも歌麿が登場するのは第1作でしかありませんし、それが終わった時点でだましゑは終了しています。スピンアウト作品としての本作は、やや低調な出来に終わってしまっています。前作の「春朗合わせ鏡」を100とするならこの作品は60点ほどの出来です。ここは本来の春朗をメインに持って来た方が面白かったのではないかと思われます。キャラクターとしては若き日の葛飾北斎の方がインパクトがありますからね。

 作品は小説誌「オール讀物 」2006年10月号から2008年11月号に連載された一話完結の連作作品なので、ページ数の制限があったのでしょう。どれもがあっさりとした作品になっており、あやふやな結末のまま締められた作品もあります。そんなどこか中途半端な印象を強く持ちます。起承転結でいえば結の部分が尻切れとんぼで終わってしまっているものが大半です。主人公を蘭陽という役者崩れの陰間に置いていることで、ホラーテイストの「化物屋舗」や、謎のまま残された仕掛けを組み立てる「出で湯の怪」や、記憶ミステリが冴える「隠れ唄」などは、面白く読むことができます。そして、ラストの2作品、「追い込み」や「こうもり」には牢で獄死したとされる平賀源内が登場するので、高橋ワールドの広がりを体感することが出来ます。まあ、こういう流れは「京伝怪異帖」と密接にリンクしているようなので、次ぎはそちらを読み進もうと思います。

 本書では、元とんぼ役者の蘭陽に舞台復帰の話があることから、江戸の芝居の世界も描かれています。成田屋や勝俵蔵(若き日の鶴屋南北)らも登場しますし、『おこう紅絵暦』に登場した役者の中村滝太郎も出てくるので、シリーズのファンにとってもうれしいサービスが盛り込まれています。作品は12編の短編からなっています。

♦きらら舞
 勝俵蔵の計らいで蘭陽に舞台復帰の話が持ち上がります。しかし、舞台復帰には小屋主の了解が要ります。10年以上も前の話ですが、事の真相をはっきりさせなくてはなりません。蘭陽は春朗と二人で、事件の原因となった菊蔵という男を捜しに大宮まで出かけることにします。菊蔵はそこの?椈燭問屋の息子でした。また、菊蔵の妹は成田屋に嫁いでいましたが事件の後、離縁していました。処が大宮の?椈燭問屋で蘭陽はひょんなことからトンボを切る(歌舞伎用語では、軽業の技巧を取り入れた独特の宙返りをいう)羽目になります。そして、そこで出会った子供は成田屋にそっくりなのです。
 
♦はぎ格子
 寛政の改革の質素倹約令で、市村座に出入りしている古着屋の芳造から芝居に使った今ではご禁制の古着の処分を頼まれます。蘭陽はそれを端切れに刻んで継ぎ合わせ、格子模様にして売り出すことを考えます。しかし、元はご禁制品、奉行所から御咎め無しの一筆を貰うことを考え、仙波一之進にたのみます。それを貰い意気揚々と芳造に報告すると、酒にくすりを混ぜられその書状を奪われてしまいます。

♦化物屋舗
 ホラーものの一作です。目黒の綿屋が商売に行き詰まり一家心中し、その後幽霊が出ることで話題になります。蘭陽が演ずるのも妖怪物の作品なので、参考にとそこへ出かけることにします。ただ、悪霊に取り憑かれると行けないので蘭陽は一応祈祷師の呪文をまねごとで一夜づけします。はたして奉行所も、この一見は裏があると睨んでいます。そんなことで、一之進は春朗に綿屋の親類の助次郎を連れ出して、一芝居討てと申し渡します。蘭陽が祈祷を唱えながら屋敷でお祓いをすると、なんと本当に蘭陽に幽霊が取り憑いてしまいます。

♦出で湯の怪
 蘭陽の出る芝居には大掛かりな仕掛けが登場します。その仕掛けを引退してしまった「すっぽんの辰」を捜しに船堀村へ出かけます。今回は千波左門とおこうが帯同します。しかし、すでにすっぽんの辰は亡くなっていました。ただ、ほぼ完成した仕掛けを残していました。ところがその設計図は辰の頭の中にだけしか無く、装置を組み立てられる人間はいません。春朗と蘭陽は残された仕掛けをなんとか解明し、その仕掛けを使って蘭陽のきらら舞が披露されます。ただし、ここで起こる事件は未解決のままです。

♦西瓜小僧
 蘭陽がひょんなことから芳吉という一人の男の子を引き取ることになります。この子供の父親は盗賊の一味で、それが原因で母親も殺されていました。

♦連れトンボ
 芳吉が春朗の処へ駆け込みます。蘭陽がぎっくり腰で動けなくなったのです。おりもおり、蘭陽の屋敷の様子を嗅ぎ回る人間がいます。蘭陽は幕府の隠密が嗅ぎ回っているのではないかと疑います。この話で、平賀源内の一件がちらっと出て来ます。ところで、芳吉には平塚の丹沢屋の伯父がいました。

♦たたり
 蘭陽がぎっくり腰で倒れ、その前には食中りで与吉という者が死にかけています。そして今度は佐之助が川に落ちて死にます。小屋主は祟りだと騒ぎ始めてしまいます。そんなこともあり、蘭陽と春朗は芝居の台本の裏に事件が潜んでいそうだと睨みをつけます。はたして、40年前にある旗本屋敷で事件が起こっていました。

♦つばめ
 蘭陽の芝居に人気者の女形の瀬川燕之丞が出たいと言って来ます。役が被る蘭陽は降ろされることになりそうです。それで腐っているところに当の燕之丞が闇討ちに遭って怪我をするという事件が起こります。すわ、犯人は蘭陽かと疑われます。しかし、事件の日にはどんちゃん騒ぎをしています。燕之丞が怪我をして得になるのは・・・・。芳吉が平塚から戻って来ます。

♦隠れ唄
 春朗は異人が宿泊する長崎屋に飾られているオランダの銅版画が気になります。そんなことで、蘭陽に泣きつきもう一度物を見に出かけます。その長崎屋で蘭陽は少女の唄う唐の数え唄を聞いて頭がきりきりと痛み始め倒れてしまいます。この唄に過去の忌まわしい記憶が隠されているようです。それには蘭陽が関わった殺人事件が原因にありそうです。その時のことを知る「おのぶ」という女を捜して当時の経緯を尋ねます。蘭陽が思いを寄せていた「おりん」という女は実は男だったのです。しかし、この事件は未解決のまま終わってしまいます。

♦さかだち幽霊
 全く連作のストーリーとは関係のない一話が挿入されています。ここで、先の中村滝太郎が登場します。春朗の前に逆立ちをした幽霊を描いた一本の掛け軸が登場します。絵はそれほどうまくありませんが表装が凝っていました。これは何か曰くがあると探りを入れます。その絵は生き仏を描き込んだ物でした。江戸人情話のエピソードです。ここでも、蘭陽は自慢のきらら舞を披露します。

♦追い込み
 春朗のもとへお庭番を務める伯父から呼び出しが掛かります。蘭陽に近づくなと釘を刺されます。案の定その少し前に蘭陽は左の二の腕を切られます。寝ているところを襲われたのです。的は4人ほどいます。虫の知らせか、その現場に春朗が駆けつけます。その日は春朗を近づけまいと、船橋の方へ席画の依頼がありました。たいした宴会でもないのに呼ばれたことに合点がいかなかった春朗は江戸へ取って返します。そして、この事件です。隠し部屋間ある蘭陽の寝泊まりする屋敷はこんなこともあろうかと、熟知していました。二人は離れから母屋に逃げ込み息をひそめます。どうも敵は平賀源内のことを嗅ぎ回っているようです。難を逃れた蘭陽はしばらく仙波一之進の屋敷で養生します。

♦こうもり
 ラストです。ここで仙波ファミリーのお由利も登場します。槍の手ほどきを受け左門と互角に戦うほど腕を上げています。そして、蘭陽もまた槍の手ほどきを受けることになります。こうもりと呼ばれる盗賊一味の佐助という男が殺されていたことが分ります。この男、おりんと組んでいたものです。蘭陽は、佐助の身元を改めるとともにその遺留品から高級な根付けと煙管に目を留めます。わざとそれらが残されたと推察した二人は佐助の塒があった佐賀町に向かいます。部屋には女物の肝のがわんさと残されています。春朗は行李の中から紙切れを見つけます。そこには新宿千駄ヶ谷の小島伝蔵と書かれています。この名前は例の煙管を売った男の名前でした。
 
 一之進にそれを見せると、直ぐに捕縛に取りかかります。案の定、こうもりの首領は伝蔵でした。あっさりと一味はお縄になります。一件落着かと思われたところに、蘭陽の屋敷におりんが顔を見せます。この茶番、おりんが仕組んだことと白状します。一番の悪党はおりんだったのです。蘭陽は男姿のおりんを許しませんでした。心張り棒を手にした蘭陽はトンボを切ってきらら舞でおりんを打ちのめします。

 こんな感じで、話は尻切れとんぼで終わってしまいます。仙波一之進の活躍もあっさりしたもので拍子抜けです。平賀源内も隠遁生活の身ですから、大活躍というわけにはいきません。前作が面白かったので期待をしたのですが、裏切られた恰好です。蘭陽自体が架空の人物ですからしようがないのかもしれません。