アーノンクールの「田園」
曲目/Beethoven
Symphony #6 In F, Op. 68, "Pastoral"
1. Allegro Ma Non Troppo 13:22
2. Andante Molto Mosso 12:07
3. Allegro 5:11
4. Allegro 3:52
5 Allegretto 9:51
指揮/ニコラス・アーノンクール
演奏/ヨーロッパ室内管弦楽団
演奏/ヨーロッパ室内管弦楽団
録音/1990年7月5日、シュテファニエンザール、グラーツ
TELDEC WPCS-21003

最近聴いたCDの中では一番強烈な印象を残したのがこのアーノンクールの「田園」でした。アーノンクールというとそれまでコンセルトヘボウを指揮したモーツァルトをしっかりと聴き込んでいましたので、どうにもそのイメージでベートーヴェンを演奏しているのではというイメージがありましたし、モーツァルトで形上はフルオーケストラを使用して録音しているのに、なぜベートーヴェンで室内管弦楽団を使って録音するのだろうという疑問がありました。それに、この時には既にホグウッドやピノック、ハノーヴァーバンド何かが古楽器を使った演奏を録音していましたので、今更現代楽器を使ったオーケストラでの録音でもあるまいに、という否定的な先入観があったのも確かです。それに、ワーナーは商売が下手で、1000円盤もシリーズで出している割には何処か割高感があって、CP(コストパフォーマンス)を重視する小生としてはこの「田園」一曲だけでリリースするワーナーの姑息さを容認出来ないでいました。そういう諸々の要素があって、今までまともにこのアーノンクールの田園を聴いたことが無かったわけです。
それが、ふとしたきっかけでこのCDを入手する機会があり、なにげなしにBGMとして聴いた時に、第1楽章の冒頭から惹き付けられてしまいました。従来はワルターの演奏がスタンダードといわれる中で、昔からヨッフムやザンデルリンクなどのちょっと鈍重な感じの演奏を好んでいました。最近はそうでもありませんが、このアーノンクールの演奏はワルターの軽やかさとは違う、冒頭からスッキリした響きが体中にしみこんでくるような、爽やかな「田園になっています」。改めて楽譜を確認すると、ベートーヴェンの指定はアレグロ・マ・ノントロッポ♩=66の指定です。ところがアーノンクールはこの指定を無視しています。また、ピアノでの開始が指示されていますが、最初聴いたときいつもの視聴レベルでアンプのボリュームを設定したのですが、やけに音が小さく始まるのでびっくりしました。多分アーノンクールはピアニッシモぐらいで開始しています。じっさい、25小節目にはピアニッシモの指示があるのですがそれぐらいの音量の開始です。そして、テンポがゆっくりで尚かつピリオド奏法で演奏させていますから、音も柔らかく透明感があります。この録音、一応ライブということになっていますががさごそ音はありません。僅かにライブを感じさせるのはテンポが微妙に揺れるところと音の強弱のメリハリが何時ものアーノンクールの演奏以上にあるということぐらいでしょう。まあ、聴いてみれば分ることですが、アーノンクールらしい独特のアゴーギクで、ときには音を伸ばすところで音をぶつ切りにしてみたり、逆に、ここは音を細かく刻むだろうというところでレガートっぽく演奏させたりさせたりして質にユニークな演奏になっています。そんなことで、田舎についたわくわく感にどっぷり浸ることが出来ます。アーノンクールはラン気がないのかYouTubeでもあまりアップされていません。そんなことで、この「田園」の第1楽章をアップしてみました。まずは。先入観をもたず耳を傾けてみて下さい。
この曲を聴き始めた頃、ワルターの演奏では第2ヴァイオリンの主題がそれと分るほどはっきり聴こえなくて、ヨッフムの演奏で初めてバランスの良い第2ヴァイオリンの響きを確認出来たのを覚えていますが、ここではそれほどはっきり聴こえません。多分対向配置を採っていないせいでしょう。ここのところがこの演奏での唯一の不満です。
第2楽章なども、アーノンクール独特の解釈で聴き手を釘付けにしてくれます。冒頭はバロックの手法でチェロを演奏させています。しかし、コンチェントゥス・ムジクスのようにクールでありながら何処か挑戦的な表現はあまり感じられず、こういう解釈もあるのかと聴いていて納得できる範囲です。まあ、最近はこの手のいろいろな演奏を聴いていますから耳が慣れているせいもあるのでしょうね。それにしても、このヨーロッパ室内管弦楽団の演奏レベルは優秀です。特に木管は秀逸です。調べてみるとフルートなんかはティエリー・フィッシャーが演奏しています。そう、つい最近まで名古屋フィルの常任指揮者だったあのティエリー・フィッシャーです。今橋記者に転向していますが、元々はフルーティストだったんですね。聞けばここを卒業してベルリンフィルやウィーンフィルに巣立っていくメンバーも多いとかで、このオーケストラは一つの登竜門になっているようです。ヨーロッパと名がつくので、てっきりフランスぐらいが本拠地と思っていたのですが、イギリスなんですね。びっくりしました。
このオーケストラは室内管弦楽団というだけ合って編成は小さいようです。ですからピアニッシモは極端に小さく、通常のCDを聴くレベルで聴くと物足りません。第3楽章スケルツォは指定がピアニッシモですからもう始まったの?という感じで開始されます。しかし、この楽章は何時ものアーノンクールです。1、2楽章に比べてリズムは鋭角的ではっきりしたアクセントで音楽が刻まれていきます。改めて、第3楽章以下が一続きの交響詩の様な表現をとっています。金管がこの楽章から前面に出てくるのもこの演奏の特徴です。なだれ込む第4楽章は迫力十分の嵐です。ここでは室内尾家のハンデはありません。ヨーロッパには台風がありませんから、一瞬のうちに空を黒く覆う「ストーム」でしょう。日本でいえば夕立みたいなもんでしょうかね。ここで打ち込まれるティンパニは強烈ですし、金管もここぞとばかりに咆哮します。ティンパニの活躍の場はこの第4楽章しかありませんからね。アーノンクールが尾にの様な形相で髪を振り乱して指揮している様が目に浮かびます。
そしてフィナーレは「牧人の歌-嵐の後の喜ばしく感謝に満ちた気分」と記された感謝の歌となっています。アーノンクールの演奏は一見至って普通に聴こえますが、各楽器が自発性に溢れた演奏を繰り広げています。全体はアーノンクールがコントロールしているのは当然ですが、入のホルンの響きなどは耳をそばだててしまいます。アンサンブルがいいのでその後の弦の調べも透明感があります。それでいて低弦までしっかりと弾き込んでいますから音楽が生き生きとしています。湖の第5楽章は6/8拍子で書かれています。言えば3拍子の躍動感を内包しながら、表面はおおらかに流れるテンポです。アーノンクールのテンポの刻み方はこのワルツのリズムを基本にテンポを細かく動かしながら人々の喜びを表現しています。つまりは踊り(ワルツ)のリズムがこの楽章全体を包んでいます。それをベースにしながら各楽器がそれぞれの喜びを自発的に表現しているので、音楽に躍動感があります。それが最後の大きくリタルダンドした表現にも表れています。
この録音当時、アーノンクールはグラーツを舞台とする音楽祭、シティリアルテ音楽祭を主催しておりこの録音はそこでの演奏会を収録した物です。毎年大体6月末から7月中旬頃まで開催されています。そこでのベストテイクをCD化した物でしょうがあまり編集の跡は感じられません。この録音は全集の一環としてなされていますが、レコード大賞は受賞していません。この2年後にはガーディナーがピリオド楽器でベートーヴェンを演奏してアカデミー大賞を受賞していますから陰に隠れてしまったようです。2006年に全集は再発されていますが、価格的に魅力が無く不発だったように思います。今一度、この全集をソニーの様な思い切った価格で投入すれば、かなり注目される様な気がするんですがね。