熊野古道殺人事件 | geezenstacの森

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熊野古道殺人事件

著者 内田康夫
発行 角川書店 角川文庫

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 観音浄土での往生を願い、死を覚悟で熊野那智から旅立つ補陀落渡海。それが現代に再現されると聞き、推理作家の内田康夫は浅見光彦を取材に誘った。二人は、いにしえより熊野詣での貴顕が往来した古道をたどるが、南紀山中で殺人事件に遭遇。しかも、犠姓者は渡海再現で僧に扮する男の妻だという。浅見と内田の不吉な予感をよそに、補陀落渡海は強行されるが…。---データベース---

 ぽつぽつと読み進めている内田康夫モノです。「華の下いて」は地用度100冊目でしたが、その体でいくとこの作品は75冊目の作品という事になります。作者が解説で語っているのですから嘘の無いところでしょう。2008年にフジテレビ系でドラマ化されています。どうも手に取る作品は、エポックメイキング的な作品が多いようで、ここでは推理作家の内田康夫が、浅見光彦と共に和歌山県は紀伊勝浦に伝わる補蛇落渡海(ふだらくとかい)の再現を取材しに行きます。

 補陀落はサンスクリット語の「ポタラカ」の音訳で、南方の彼方にある観音菩薩の住まう浄土のことをいいます。日本においては南の海の果てに補陀落浄土はあるとされ、その南海の彼方の補陀落を目指して船出することを「補陀落渡海」といいました。「熊野年代記」によると、868年から1722年の間に20回実施されたといいますが、享保の時代で補陀洛渡海は幕府に禁止されました。その補蛇落渡海を再現するイベントに事件の影があるという事で出かける事になるのです。いつもの浅見光彦ものなら美女が登場してストーリーを引き立てるのですが、この作品の特徴はその美女は抜きで、その代わり軽井沢のセンセが全編を通して登場してしまいます。しかも今回は浅見と行動を共にするという、世にも珍しいスタイルとなっています。いつもは、浅見に事件を丸投げして逃げてしまい、ちゃっかり浅見の事件簿を小説にしているのですがね。しかも、、今回もこの珍道中を小説にしてしまおうと目論んでいるんでいます。

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 浅見光彦が白いソアラに乗っているのがこのシリーズのシンボルです。そして、この小説の冒頭でローンの支払いが終了し、やっと自分の車になった事を報告しています。そして、今回のストーリーでは軽井沢のセンセとこの愛車で南紀勝浦に出かける事になります。まあ、これは正解でしょう。小生も南紀へ旅行した事がありますがとても、鉄道を利用していてはこのシリーズ中のようには自由に動き回る事は出来ません。ここは車の利用が常道です。ところが、このストーリーの最後でなんと軽井沢のセンセが勝手に浅見のソアラを運転し、道路脇の岩に激突、あわれソアラは廃車処分の運命に・・・。浅見チャン、大ショック!!ようやくソアラのローンを払い終えたばかりだというのに・・・。しかし、ラストにはサプライズが・・・!

 それは読んでのお楽しみというところですが、じつは、本作は、三つの連作短編小説を合体させて書き直した作品だそうです。三つの短編とは、次の三作です。

【還らざる柩】
【鯨の哭く海】
【龍神の女】

 この3作品の中で「鯨の哭く海」は別に126作として浅見光彦シリーズに組み込まれています。それにしても、熊野古道を扱った推理小説はあまり無いようで、西村京太郎のと津川警部シリーズにも名前の由来となった十津川村が登場する作品(「十津川村 天誅殺人事件」 )はありますが、熊野古道を直接扱っている訳ではありません。全国を津々浦々出かけている十津川刑事にしては珍しい事です。

 さて、ここでは内田センセの孝行大学時代を通じての友人というT大学教授の松岡正史が登場します。この人物とは68作目の「鳥取雛送り殺人事件」の頃から旧交を温めています。しかし、先妻を亡くしたこの教授、若い美人妻と再婚するのですがどうも不倫の噂があります。そして、ここでも、ゼミの学生が助手と組んで補蛇落渡海を再現するというので心配になり内田センセに取材がてら来てほしいというのです。そんなことで、浅見光彦が運転手として借り出される訳です。

 前半は旅情作家の本領とでもいうべく和歌山県の観光シーンが次々と登場します。コースは東京帝国ホテルからですから中央道、東名どちらを経由しても最終的には名神に入り、阪和自動詞や堂で和歌山入りしたのでしょう。そこから龍神温泉のある山奥に入っていきます。そこから中辺路を通って新宮、那智勝浦へ回ります。そして、その途中でこのイベントの助手の妻が死んでいるのが発見されます。ここから事件が始まりますが、この妻の死亡に、二人がひょんな事から関わってしまいます。そして、さらにイベントの当日、彼らの見ている前で渡海船の上で助手が苦しみながら海へ転落し死んでしまいます。どうやら事件は殺人事件に発展していきます。そして、二つの事件に関わっているという事で浅見光彦は地元の警察に事情聴取を受ける事になります。

 最初は、溺死だと思っていた警察も、浅見の説明で殺人説に変わっていきます。そして、二つの事件の背景を浅見が推理していくのですが、もう一人の目撃者、内田センセは現場から姿を消した教授の松岡と怪しい女の後を付ける事になります。この女こそ、二つの殺人事件の鍵を握る女性なのですが、その女性とは・・・というのが事件のミソです。ラストはこの内田センセが大活躍をします。まるで浅見光彦のお株を奪う様な活躍です。

 事件は男と女の本能的な確執を描いていますが、内田センセと浅見ちゃんの軽妙なやり取りが何時もの重厚感を薄めています。まるでユーモア小説の様な仕上がりです。殺人事件のトリックは大した事はありませんが、このストーリーのあちこちに当時の社会問題がちゃんと取り上げられており、その一つがオウム真理教に誘拐され殺された坂本弁護士の事件も宗教が絡んだ事件だという鋭い指摘が登場しています。そして、この作品が書かれた当時はまだオウム真理教がサリン事件を起こしていない段階ですから、作家として先見の妙があるといえます。

 この作品ノベルス版としては1991年に発売されていますが、文庫化に際しては大幅に加筆修正されています。別作品と考えていいでしょう。