博士の異常な発明 | geezenstacの森

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博士の異常な発明

著者 清水義範
発行 集英社

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  ペットボトルをアッという間に分解する“ポリクイ菌”。透明人間の鍵を握る素粒子“ミエートリノ”。ついに出来た(?!)不老長寿の妙薬。はたまた1万年後の考古学座談会…マッド・サイエンティストたちの可笑しくもかなしい大発明の数々!得意のパスティーシュやパロディの手法を駆使し、科学的蘊蓄を注ぎ込み、かつ笑いを追求した会心の連作集。発想のヒネリ技に思わず噴き出す、傑作エンターテイメント。---データベース---

  この本のタイトル、映画をモチーフにした書名ですが、これが解る人はどれだけいるでしょうかね。小生が読んだのは単行本の方ですが、この表紙で本の内容が想像出来るでしょうか?残念ながら、小生は出来ませんでした。清水氏がSFも書くということは分かっているのですが、これがSFショートショートとは思えなかったので、今まで無視していました。で、最近読む本が無くなって来たので、仕方なく暇つぶしに読み始めました。プロローグだけは書き下ろしで、これだけはちょっと異質です。ありきたりすぎて面白くありません。ただ、此処での会話が、次からの作品のまさにプロローグになっていることは明らかで、それだけ理解出来ればいいでしょう。いわく、史上最大の発明として遡上に登るのは、印刷機、時計、飛行機、蒸気機関、鉄器、白熱電灯、自動車などなどが登場します。歴史で習った世界三大発明は、紙、火薬、羅針盤ということですが、堂々巡りの末、SF小説家の描くものがどんどん現実になってくるという方向に話しが進みます。すなわち、クローン人間、ロボット、タイムマシンetcそういうものがこの21世紀には現実のものになりつつあると締めくくっています。そして、そういうものを実現するのがマッド・サイエンティストだということで、本編へなだれ込んでいきます。作品は集英社の小説すばるに発表された以下の作品が収録されています。

プロローグ 史上最大の発明 書き下ろし
文明崩壊の日 「小説すばる」1999年6月号
袁孫の発明 「小説すばる」1999年10月号
異形のもの 「小説すばる」2000年1月号
鼎談 日本遺跡考古学の世界 「小説すばる」2000年4月号
グリーンマン 「小説すばる」2000年8月号
半透明人間 「小説すばる」2001年1月号
野良愛慕異聞 「小説すばる」2001年5月号
見果てぬ夢 「小説すばる」2001年10月号
 
 つまりは短編集なのですね。まあ、此処で登場するアイデアが空想の産物であることは分かりますが、ひょっとしてこの中の一つでも、現実に発明されたら世の中は堂変わっていくか興味深いものがあります。最初に登場するのはペットボトルを分解する細菌の発見というものです。ご存知の様にペットボトルはポリエチレンテレフタレートで出来ています。現在でも、ペレット状に細かくして再利用する方法は考案されていますが、限界があります。此処で登場するのはそれを分解する土壌菌なのです。この細菌、ポリクイ菌と命名されますが、驚異の繁殖力で僅か4分で次の世代になります。ちなみに食中毒を起こす現実の腸炎ビブリオ菌は一世代8分です。それを実用化したことはいいのですが、繁殖とともに突然変異をしてプラスチック容器一般のポリ塩化ビニールを分解する能力を持つものや、スチレンブタジエンゴムを分解するものも登場します。要は車のタイヤです。こういう菌がうようよと空中に漂い始めます。今の世の中プラスチック製品を使ってないものはほとんどありません。電気コードすらビニール皮膜で覆われています。これらがポリクイ菌にさらされればたちまち消えてなくなります。当然電気製品はショートして使い物にならなくなります。通信は途絶え、コンピューターは機能しなくなり、交通機関は麻痺しインフラとしての電気、ガス、水道はストップしてしまいます。まさに文明崩壊の日です。

 次の「袁孫の発明 」は古代中国の唐の時代を題材にしていますが、ここで登場する発明品はくだらないものですが、さすがパロディ、文章のあちこちにちりばめられている漢詩が抱腹絶倒ものです。一例を挙げれば、

於腐乱箪笥場合     ふらんだあすのばあいは
超心理的悲劇也     あまりにもかわいそう
於物之毛姫場合     もののけひめのばあいは
超知性的難解也     あまりにもむずかしい
是開始亜斗夢以     あとむにはじまるこれまさに
九九九及愚少年     すりーないんやおそまつくん
至英盤下痢音劇     はてはえばんげりおんまで
在宅的安忍面界     あにめおたくのはるがくる

とか、

我投身時間之流     ときのながれにみをまかせ
人生夢二不再来     いちどだけしかないじんせい
我設置君之近傍     どうかあなたのおそばにおいてね
今不愛不唯是君     いまはあなたしかあいせない

 というのには笑えてしまいます。そして、「鼎談 日本遺跡考古学の世界」の描く世界は小松左京氏の「日本列島沈没」が実際に起こり、再び浮上した時のストーリーになっています。時は12068年9月14日。日本遺跡に関しては一言ある三人の学者が語る「古代日本の姿」の鼎談です。なにせ日本はおよそ一万年ものあいだ海底に沈んでいたのだが、50年前に突如浮上したことで、世界的な関心の的となっているのです。そこで彼らは真剣に、かつての日本の姿をその遺跡から考察するのです。その間に暗黒の時代(核戦争?)があり、歴史は途切れています。トチョーシャは神殿か、などという論争とともにコンビニ倉がそのまま出現し、米の飯を丸めたもの、乾燥ヌードル、を扱っていたことが分かります。人々は耳に穴をあけたりぼろぼろの破れた繋ぎの服を着たり、とんでもない厚底の履物を使用したりしていたことが判明します。遺跡の規模から東京の人口は20万人と推定され、高層の蜂の巣状の建物に居住してことが遺跡から分かります。ここでは吉野ケ里遺跡も登場しますが、この小説を読んでいると現代人が珍説を展開してる邪馬台国論争をパロっていることに思い当たります。

 作品の中で一番面白かったのがロボット犬が登場する「野良愛慕異聞」です。我々がロボット犬と聞いて思い当たるのはソニーが販売していた「アイボ」ですね。それがここでは「ペロボ」として登場します。ペットロボットの略なんですが、一読しただけで「アイボ」と分かります。メーカーも生産は終了していますが、ペットとして飽きられて捨てられた「ペロボ」がここでは主人公です。一人のマットサイエンティストが発明した空中ダウンロードという技術を使って蘇ります。メモリースティックに新しいデータが書き加えられ、高度の知能を持ったペロボは、さらに自己充電能力をもち、仲間にそのデータを分け与えて共有していきます。20万台以上作られたというペロボは電源を求めてコンセントに群がり、やがて過電流が流れてコンセントが火を噴きます。東京のあちこちで火災が発生して社会問題となっていきます。さて、このストーリー、どういう結末を迎えるのでしょうか。興味のある人はぜひこの本をお読み下さい。中々リアリティがあります。現実のアイボは2006年に生産終了。保存部品も製造後7年ということで、初期モデルは既に保有期間外になっています。そろそろ、こういうことが現実になってくる頃です。

 SF短編集ですが、マッドサイエンティストもちゃんと登場し、それらの話しに毎朝新聞の新聞記者としての糸井忠次が登場することで全体が纏まっています。