アルプス魔の山殺人事件 | geezenstacの森

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アルプス魔の山殺人事件―赤かぶ検事シリーズ

著者 和久 峻三
発行 光文社 光文社文庫 

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 スイスに旅行中の行天燎子警部補が誘拐された。仕事も家事も忘れ、観光を楽しんでいた行天燎子と柊春子がなぜ事件に…。早速、赤かぶ検事こと柊茂はスイスへ出張したが、慣れない海外で捜査は難航。そんななか、重要参考人の他殺死体がフェンデルン氷河で発見された。赤かぶ検事アルプスに登る。国際的事件を描く書下ろし。---データベース---

 赤かぶ検事ものは過去に何作か取り上げていますが、これは文庫のための書き下ろしで通算が76作目となる作品です。個の頃は京都地検に勤務している頃のものですが、今回はいきなりスイスが舞台になります。まあ、シリーズの中でも番外編といったところでしょうか。テレビドラマでいえばスペシャル版ですね。でも、この作品はドラマ化はされていません。なにせ海外ロケ必至のストーリーですから金が掛かりますもんね。

 設定は親戚付き合いをしている赤かぶ検事の妻晴子と、行天燎子警部補が休暇でスイスのマッターホルンの観光に出かけるというものです。まあ、この設定がいかにも訳ありなんというところがこの事件のミソです。分類的には山岳ドラマといってもいいストーリーで、作者の旅行の体験がそのまま小説になったという感じがします。何よりも、口絵に作者自身が撮影したマッターホルンの写真があるここと、JTBのガイドブックから転載されたツェルマット地区の絵地図が見開きで載っています。これがないと、事件がどういうところで発声したのか皆目読者には見当もつきませんからこれは柊検事達の行動を把握するのにとても役に立ちます。粗筋は以下のように展開します。

 行天燎子警部補と、赤かぶ検事こと柊茂検事の妻・春子は、休暇でスイス・マターホルンに来ていました。ところが、行天警部補が誘拐されてしまいます。インド首相直属の諜報機関RAWとパキスタンの諜報機関ISIの紛争絡みとみて、事件の関係者の行天珍男子巡査部長とそれを調査する名目で赤かぶ検事とが現地に飛びます。最初はただの誘拐事件かと思われましたが、数日後犯人から3百万ドルの身代金の要求があります。事件は、ロシアの細菌兵器開発施設を撮影したフィルムを日本からスイスへ運ぼうとしたISIの運び屋ピーター・サトウが、同じトランクを持っていた行天警部補のトランクとすりかえ、それを取り返そうとしたために起こったものでした。そのピーター・サトウがトランクを取り戻そうとしたときに行天警部補に気付かれ、たまたま日本での捜査でピーター・サトウのことを知っていたために、行天警部補が誘拐されたのです。行ってみればスパイモノですが、展開的にはCIAも絡み、まるで007並みの構造になっています。

 さも、ドラマチックな展開が・・・と期待出来そうですが、これが全くの期待はずれで、赤かぶ検事は活躍するどころか、現地の総領事館の三輪一等書記官からの報告だけで事件は進んでいき、そのまま派手な展開もなく、観光案内だけが目立つストーリーで終了してしまいます。タイトルの殺人事件もその犯人側のピーター・サトウが殺されるといういわば仲間割れの果ての殺人で、ストーリー上で捜査に値するようなものではありません。看板に偽り有りの殺人事件です。むしろ誘拐事件と言った方が良い内容です。

 多分観光案内的な部分を取り払ったら事件の部分は3分の一ぐらいでしょう。それだけストーリーとしては内容が希薄というわけです。まあ、舞台がスイスということでスイス警察は日本側に手を出させません。そういうスイス人気質の部分は読んでいてひしひしと分かる構造になっています。それにしても普段忙しい行天燎子や柊検事がここでは嘘のようにのんびりしています。こういう間延びが事件の緊張感を全然感じさせませんから、だらだらでストーリーが進んで行きます。おまけに最初は一人では行動出来ない妻の晴子が、ラストでは一人でまたスイスにやってくるという変なオチまでついては、開いた口が塞がりません。

 この一冊は番外編ということで、暇つぶしに読む程度です。