たそがれ清兵衛
著者 藤沢周平
発行 新潮社 新潮文庫
下城の太鼓が鳴ると、いそいそと家路を急ぐ、人呼んで「たそがれ清兵衛」。領内を二分する抗争をよそに、病弱な妻とひっそり暮してはきたものの、お家の一大事とあっては、秘めた剣が黙っちゃいない。表題作のほか、「ごますり甚内」「ど忘れ万六」「だんまり弥助」「日和見与次郎」等、その風体性格ゆえに、ふだんは侮られがちな侍たちの意外な活躍を描く、痛快で情味あふれる異色連作全八編。---データベース---
「たそがれ清兵衛」と聞けば、今では誰でも映画の方を思い浮かべるでしょう。しかし、ここで取り上げるのは藤沢周平の「たそがれ清兵衛」の方です。短編集です。映画化された「たそがれ清兵衛」は、この作品集の「たそがれ清兵衛」と「祝い人助八」をミックスさせた内容で構成されていた事が分かります。そんなこともあり、映画のイメージで「たそがれ清兵衛」を読もうと意気込むとがっかり?!します。原作での「たそがれ清兵衛」はここで取り上げられる8人の下級武士の最初の一人に過ぎないのですから。それでも、「たそがれ」だけはそこはかとなく哀愁の漂うタイトルで、映画のタイトルにするならやはり「清兵衛」が一番ふさわしかったように思います。
◆たそがれ清兵衛
巻頭を飾るタイトル作です。井口清兵衛は勘定組の五十石の城勤めの下級武士です。妻が病床に付き下の世話まで彼が見なければならないために同僚との付き合いも断り、退城の合図とともに帰宅するため「たそがれ清兵衛」と陰口をたたかれています。そんな彼の元に上意討ちの討手の役がひそかに舞い込みます。実は清兵衛は若い頃は藩内でも一,二を争う剣の腕前で無形流の達人であったのです。彼は妻の介護を理由にこれを断ろうとします。しかし、妻の療治への援助、決行当日は妻を介護した後、という提案を討手を引き受ける条件として示され、ついにこれを受けることにします。
巻頭を飾るタイトル作です。井口清兵衛は勘定組の五十石の城勤めの下級武士です。妻が病床に付き下の世話まで彼が見なければならないために同僚との付き合いも断り、退城の合図とともに帰宅するため「たそがれ清兵衛」と陰口をたたかれています。そんな彼の元に上意討ちの討手の役がひそかに舞い込みます。実は清兵衛は若い頃は藩内でも一,二を争う剣の腕前で無形流の達人であったのです。彼は妻の介護を理由にこれを断ろうとします。しかし、妻の療治への援助、決行当日は妻を介護した後、という提案を討手を引き受ける条件として示され、ついにこれを受けることにします。
重職会議の席には清兵衛は、しばし予定時間から遅れます。多分妻の世話に追われていたのでしょう。しかし、頼まれた仕事はきっちりと始末します。鮮やかに一刀のもとに上意討ちを決めます。あっさりとした筆致で清兵衛の活躍はこれだけです。上意討ちの褒美も妻のための名医の紹介と湯宿での湯治を望んだだけでした。最後はその湯宿に向かう途中での敵方の用心棒との一騎打ちです。しかし、これも立ち会いの一撃で相手を仕留めます。確かに剣の達人なんでしょう。湯村のはずれまで行くと、妻が迎えに出ています。
ここで描かれる清兵衛は愛妻家であり、上司のために御家の大事の時には、意を決して立ち上がる男として描かれています。しかし、決闘のシーンはクールで用心棒と立合いのときは切り捨てた後、その事を役所に届ければ引き止められ非番がお流れになり、妻のもとへ行く事が出来なくなるので、あたかも人が死んでいたのを見つけたということで処理しています。清兵衛にとっては妻以上の存在は無い訳です。その意味で、この一作は抜きん出ています。
◆うらなり与右衛門
うらなりという渾名は三栗与右衛門のへちま顔からきています。誰も知らぬはずの土屋の屋敷を訪ねた時の後家との出来事がなぜか漏れて、与右衛門は二十日の遠慮の処分を受けてしまいます。しかし、これには与右衛門は困ってしまいます。というのも、次席家老の長谷川志摩の護衛を務めるという秘密の仕事があったのですが、処分でこれが出来なくなってしまったのです。急遽代理の護衛を立てますが、案の定襲われてしまいます。お役目は何とか成功しますが、どうも仕組まれた処分のようなので、与右衛門その仔細を調べます。敵方の一人の男が浮かびます。
与右衛門は一計を案じ、下城のおりに果たし合いを仕組みます。お役目のために一命を落とした同僚の弔いです。下級武士ではありますが与右衛門は無外流の使い手です。はたして相手は策に乗り斬り合いを仕掛けて来ます。もちろん、この果たし合いは与右衛門の勝利です。上司はこの一件が仇討ちであることを知っていますが、与右衛門は売られた喧嘩とかわします。
◆「ごますり甚内」
川波甚内は大声でごますりをするので有名になっています。しかし、これは全て減らされた家禄を元にもどさんがためにしていることなのです。僅か五石の減石ですが自分では預かり知れない処分なのです。つまりは復石のためのごますりなのです。そして、家老の栗田兵部に呼ばれた折りにようやくその兆しが見えたと思いきや、家禄を戻してやる代わりに、自分のために働けというのです。事は簡単で、金を料亭に届け、替わりの紙包みを受け取るだけです。しかし、この簡単な仕事の帰りに城下の手前の松林で甚内は襲われてしまいます。しかし、甚内は雲弘流の師範代まで務めた剣の使い手です。敵の三人に手傷を負わせます。
うらなりという渾名は三栗与右衛門のへちま顔からきています。誰も知らぬはずの土屋の屋敷を訪ねた時の後家との出来事がなぜか漏れて、与右衛門は二十日の遠慮の処分を受けてしまいます。しかし、これには与右衛門は困ってしまいます。というのも、次席家老の長谷川志摩の護衛を務めるという秘密の仕事があったのですが、処分でこれが出来なくなってしまったのです。急遽代理の護衛を立てますが、案の定襲われてしまいます。お役目は何とか成功しますが、どうも仕組まれた処分のようなので、与右衛門その仔細を調べます。敵方の一人の男が浮かびます。
与右衛門は一計を案じ、下城のおりに果たし合いを仕組みます。お役目のために一命を落とした同僚の弔いです。下級武士ではありますが与右衛門は無外流の使い手です。はたして相手は策に乗り斬り合いを仕掛けて来ます。もちろん、この果たし合いは与右衛門の勝利です。上司はこの一件が仇討ちであることを知っていますが、与右衛門は売られた喧嘩とかわします。
◆「ごますり甚内」
川波甚内は大声でごますりをするので有名になっています。しかし、これは全て減らされた家禄を元にもどさんがためにしていることなのです。僅か五石の減石ですが自分では預かり知れない処分なのです。つまりは復石のためのごますりなのです。そして、家老の栗田兵部に呼ばれた折りにようやくその兆しが見えたと思いきや、家禄を戻してやる代わりに、自分のために働けというのです。事は簡単で、金を料亭に届け、替わりの紙包みを受け取るだけです。しかし、この簡単な仕事の帰りに城下の手前の松林で甚内は襲われてしまいます。しかし、甚内は雲弘流の師範代まで務めた剣の使い手です。敵の三人に手傷を負わせます。
その事件から暫くして、今度は御蔵奉行の松川清左衛門から呼ばれます。先の刺客を仕立てたのは当の栗田兵部であった事を知らされます。そして、今度はその栗田兵部を暗殺する命を奉行から受ける事となります。まあ、ここが下級武士の辛い所で、復石のならなかった甚内は今度は奉行のために働きます。必殺仕置き人ですな。そして、甚内は今度こそ復石となり、さらには五石の加増も受ける事になります。まさにめでたしめでたしですが、一度始めたごますりはもはや習慣となり、簡単には終わりそうもありません。
◆ど忘れ万六
樋口万六は齢五十六となり家禄を息子に譲り今は隠居の身ですが、少々ど忘れをすることが最近の悩みです。もっとも、これが元で隠居をする事になったのです。そんなある日、嫁の亀代が途方に暮れて万六に悩みを打ち明けるのです。亀代は、幼なじみの片岡文之進と茶屋から出てきたところを目撃され、そのことで大場正五郎に脅されているというのです。万六は、まずは片岡文之進に会って、大場の誤解を解いてくれるように頼みますが、大場の名前を聞いただけで尻込みしてしまいます。
◆ど忘れ万六
樋口万六は齢五十六となり家禄を息子に譲り今は隠居の身ですが、少々ど忘れをすることが最近の悩みです。もっとも、これが元で隠居をする事になったのです。そんなある日、嫁の亀代が途方に暮れて万六に悩みを打ち明けるのです。亀代は、幼なじみの片岡文之進と茶屋から出てきたところを目撃され、そのことで大場正五郎に脅されているというのです。万六は、まずは片岡文之進に会って、大場の誤解を解いてくれるように頼みますが、大場の名前を聞いただけで尻込みしてしまいます。
しかたなく、万六は大場の出仕先の織物会所へ乗り込みます。そして、大場が脅しを止めないと察すると上役に届ける旨を皆の前で大声で発します。大場は、そんな万六を町外れまで連れ出します。万六が態度を改めないと知るといきなり剣を抜いて斬りかかります。しかし、万六は居合い抜きの名手です。その間合いで大場の件を跳ね返し、さらには脛をはらいます。万六は年には勝てず腰を痛めますが、目的は達成です。ただ、物忘れは相変わらずです。
◆だんまり弥助
馬廻組の杉内弥助重英は度が過ぎるほどの無口です。これは、かつて自らの口が滑って、従妹の美根を死に追いやったという自責の念があったからです。弥助はその美根の葬儀の後から少しずつ寡黙になっていったのです。しかし、妻の民乃はそんな弥助に惚れ五人の子供を授かったのですから夫婦というものは分かりません。
さて、藩では金井甚四郎と中老の大橋源左衛門が権力闘争を繰り広げています。その一方の当事者、中老の大橋源左衛門は種物問屋の村井屋甚助と癒着しています。弥助は、この事を突き止めす。そして、その周辺には美根を死に追いやった服部邦之助がいます。藩主の出席を仰いで改革案の審議の会議が藩士総登城のもとに行われます。この席上でだんまり弥助が発言し、中老の不正を告発します。大橋の失脚の図です。こののち、失脚した服部邦之助が現れ弥助は美根の仇討ちの本懐を遂げます。
◆かが泣き半平
いつも大袈裟に泣き言をいうため、皆から「かが泣き半平」と侮られているのは普請組の鏑木半平です。その半平が、藩主一門の守屋采女正の付き人・塚原が子供を折檻しているのを見かけます。後にいる守屋采女正は制止する気配がなく、たまらず飛び出した半平は塚原の折檻を止めに入ります。もちろん半平は投げ飛ばされてしまいます。この事件から暫くして、普請の完成を祝った褒美の品を届けるために町民の長屋を訪れます。そこで、この時の母親に再会します。そして、ここで長居をしてしまうのです。誰にも見られていないはずだが、この事を知っている者がいました。ために、後日傲慢な家老・采女正の暗殺を命じられるはめになります。
◆日和見与次郎
政変に巻き込まれ没落した父の姿を見て育った藤江与次郎は、藩の派閥抗争が激化しても日和見を決め込みます。しかし、中立派だった杉浦作摩の屋敷が火事になります。聞けばが惨殺され、杉浦の妻で与次郎の従姉・織尾も死んだと知った与次郎は憤りを感じます。与次郎はこの織尾に少年時代に付け文をした事があったのです。その織尾が殺された事で与次郎は仕置き人になります。
◆祝い人助八
男やもめの伊部助八は御蔵役ですが、無精で風呂にはいる事も少ないので体から異臭を放っています。藩主の見回りの折りには叱責されて、それ以来祝人(ほいと)助八の異名をとっています。「ほいと」とは乞食の事ですね。助八は確かに六年ほど前に妻を亡くしていますが、悪妻であったのでむしろほっとしていたのが真相です。或る日、この助八の元に親しい飯沼の波津(映画では朋江)が訪ねてきます。元夫の甲田豊太郎の粗暴に恐れを抱いて少しの間かくまって欲しいというのです。映画の設定に使われているいる妻に先立たれた清兵衛はこちらがもとになっていますし、甲田豊太郎との対決、さらには余吾善右衛門は殿村弥七郎と人物名は違っていますがその討伐に助八が指名され戦う状況を鑑みると映画の原作はこちらの方が近い様な気がします。しかし、タイトル的には「たそがれ清兵衛」の方がやはりしっくり来ますわなぁ。
◆だんまり弥助
馬廻組の杉内弥助重英は度が過ぎるほどの無口です。これは、かつて自らの口が滑って、従妹の美根を死に追いやったという自責の念があったからです。弥助はその美根の葬儀の後から少しずつ寡黙になっていったのです。しかし、妻の民乃はそんな弥助に惚れ五人の子供を授かったのですから夫婦というものは分かりません。
さて、藩では金井甚四郎と中老の大橋源左衛門が権力闘争を繰り広げています。その一方の当事者、中老の大橋源左衛門は種物問屋の村井屋甚助と癒着しています。弥助は、この事を突き止めす。そして、その周辺には美根を死に追いやった服部邦之助がいます。藩主の出席を仰いで改革案の審議の会議が藩士総登城のもとに行われます。この席上でだんまり弥助が発言し、中老の不正を告発します。大橋の失脚の図です。こののち、失脚した服部邦之助が現れ弥助は美根の仇討ちの本懐を遂げます。
◆かが泣き半平
いつも大袈裟に泣き言をいうため、皆から「かが泣き半平」と侮られているのは普請組の鏑木半平です。その半平が、藩主一門の守屋采女正の付き人・塚原が子供を折檻しているのを見かけます。後にいる守屋采女正は制止する気配がなく、たまらず飛び出した半平は塚原の折檻を止めに入ります。もちろん半平は投げ飛ばされてしまいます。この事件から暫くして、普請の完成を祝った褒美の品を届けるために町民の長屋を訪れます。そこで、この時の母親に再会します。そして、ここで長居をしてしまうのです。誰にも見られていないはずだが、この事を知っている者がいました。ために、後日傲慢な家老・采女正の暗殺を命じられるはめになります。
◆日和見与次郎
政変に巻き込まれ没落した父の姿を見て育った藤江与次郎は、藩の派閥抗争が激化しても日和見を決め込みます。しかし、中立派だった杉浦作摩の屋敷が火事になります。聞けばが惨殺され、杉浦の妻で与次郎の従姉・織尾も死んだと知った与次郎は憤りを感じます。与次郎はこの織尾に少年時代に付け文をした事があったのです。その織尾が殺された事で与次郎は仕置き人になります。
◆祝い人助八
男やもめの伊部助八は御蔵役ですが、無精で風呂にはいる事も少ないので体から異臭を放っています。藩主の見回りの折りには叱責されて、それ以来祝人(ほいと)助八の異名をとっています。「ほいと」とは乞食の事ですね。助八は確かに六年ほど前に妻を亡くしていますが、悪妻であったのでむしろほっとしていたのが真相です。或る日、この助八の元に親しい飯沼の波津(映画では朋江)が訪ねてきます。元夫の甲田豊太郎の粗暴に恐れを抱いて少しの間かくまって欲しいというのです。映画の設定に使われているいる妻に先立たれた清兵衛はこちらがもとになっていますし、甲田豊太郎との対決、さらには余吾善右衛門は殿村弥七郎と人物名は違っていますがその討伐に助八が指名され戦う状況を鑑みると映画の原作はこちらの方が近い様な気がします。しかし、タイトル的には「たそがれ清兵衛」の方がやはりしっくり来ますわなぁ。
ただ、この短編集、結局は御家騒動を背景にしており、現代に置き換えれば、会社の派閥抗争ばかりを描いています。そういう点では、ワンパターンで少々疲れます。
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