かまいたち | geezenstacの森

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かまいたち

著者 宮部みゆき
発行 新潮社 新潮文庫 

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 夜な夜な出没して江戸を恐怖に陥れる辻斬り“かまいたち”の正体に迫る町娘。サスペンス満点の表題作はじめ四編収録の時代短編集---データベース---

 宮部みゆきの時代劇小説の短編集です。表題にもなっている「かまいたち」を初め4作品が収録されています。この作品で霊視能力を持つ「お初」が初登場します。この短編集、作者自身があとがきを書いています。そこではこの「お初」の物語がデビュー前の習作でこの作品集に収めるにあたり、大幅に筆を入れて書き直しているということです。うーん初期から時代小説と超能力が彼女の持ち味になっていたんですなあ。時代劇小説としては「本所深川ふしぎ草紙」が先に出版されていますが、作品としてはこちらの方が先に出来ていたわけなんです。

♦かまいたち

 最初の作品は第12回歴史文学賞佳作受賞作品です。この作品が巻頭にあることでぐっとこの短編集が締まります。そして、この作品は純粋に推理小説仕立ての時代劇です。時代は八代将軍・徳川吉宗の時代、大岡越前守忠相が南町奉行の職に就き、それまでの非能率・不公平な弛緩しきった奉行所・評定所を根本から立て直すための様々な改革を行い始めていたころです。大岡は13代目の南町奉行でその在位は1717年〜1736でした。この物語はこの時代の出来事ということになります。

 治世が良くなる一方で、大岡に反感を持つ者も少なからずいました。そんなころ、江戸の民衆を震撼させる辻斬り事件が相次いで起こります。その手口は残虐をきわめ、人々はその恐ろしい辻斬りを「かまいたち」と呼び、陽が落ちてからの外出を極力控え、怯えきっていました。
主人公の「およう」は町医者・新野玄庵の娘です。そして、父親が急病の往診に行って戻らないのを心配して、雨の中闇の中迎えに出ます。そこでその辻斬りの現場を目撃してしまいます。一瞬自分も殺されると覚悟するおようですが辻斬りは襲ってきませんでした。急いで番屋にかけ戻り、事件を報告します。しかし、現場に戻ってみると切られたはずの死体が見当たりません。何かの見間違いだろうということで事件は不問に付されてしまいます。しかし小用は辻斬りの顔をしかと記憶しています。父親もその話を信じてくれません。しかし、後日おようの家の迎えにその男が引っ越してきます。すわっ、大変なことになりました。

 ここから話がいい展開になります。辻斬りの事件もその後も次々と発生します。おようは覚悟して、この男と対決しようと立ち上がります。そして、事件は二転三転していきます。この展開さすが一級のストーリーテラーです。これぞ、宮部みゆきと思うような結末です。しかし、お上の考える結末というものは、こういうところで決着するものなのでしょう。

♦師走の客
 毎年師走に泊まる客がいます。そして、その客の宿賃の支払方法が変わっています。その年の干支にちなんだ銀細工を宿賃として支払うというものでした。たしかに、その細工品は骨董屋の見立てによると価値のあるものです。そこで宿主人はこの粋な支払いを毎年楽しみにします。しかし、その年の飾り細工は大振りなものとなり、宿の主人に逆に支払いを要求するのです。長い目で見れば損はしないと判断する主人は20両の鐘を客に払います。しかし、ここにきてその細工品が偽物であることが発覚します。振り込め詐欺じゃないけど、こういう詐欺っていつの時代もあるんだなぁという感がします。損をするのは一生懸命マジメに頑張っている人なんだという流れです。しかし、ここでも宮部みゆきはすばらしいどんでん返しを用意します。その小道具はちゃんと冒頭に登場しています。

♦迷い鳩
 ここで初めて「お初」が登場します。お初は義姉と一膳飯屋を営んでいます。ある日、町で着物にベッタリと血がついている内儀風の女性を見かけて声をかけます。16歳のお初には変わったものが見えるようになったのです。それは女性特有の生理に関係したものなんでしょうか。あることがきっかけで、他の人には見えないものや聞こえないものが見えるようになってしまったお初、ここでは霊視が出来てしまうわけですな。そんな自分に戸惑いながらも、長兄の六蔵(岡っ引き)や次兄の直次(植木職人)の活躍で真相を探っていくことになります。この小説で植木職人の直次の役割が新鮮でした。なるほど、植木職人もスパイみたいな活躍をしていたのですね。それが証拠には「お庭番」という言葉が残っています。この制度、第8代将軍徳川吉宗が新設した江戸幕府の役職です。そして、直治はこの時代の南町奉行、根岸肥前守鎮衛のお庭版みたいなことを担っているのです。さもありなんというところでしょう。根岸肥前守鎮衛はこのストーリーの冒頭から登場します。そして、お初もこの根岸肥前守鎮衛のブレーンに巻き込まれていくのですからいい展開です。事件そのものはややありきたりで、そういう部分ではもう一ひねり欲しいところですが、タイトルの「迷い鳩」の鳩が中盤以降登場して急展開する構成はなかなかです。

 ところで、ここで登場する根岸肥前守鎮衛は第25代の南町奉行です。1798年から1815年までその職にありました。「かまいたち」の時代からおよそ100年後の時代です。同じ江戸時代でも明治と昭和ぐらい離れているんですね。当時は寛政年間で江戸幕府将軍は第11代、徳川家斉の時代です。東洲斎写楽が活躍したのもこの時代で、最も町人に対して姿勢 が厳しかった時代でした。しかし、江戸を中心に、当時の社会情勢を皮肉ったシャレや文学作品が多く残された時代でもあり、この小説にも登場する根岸肥前守鎮衛の「耳袋」も著しています。

♦騒ぐ刀
 根岸肥前守鎮衛の「耳袋」に相応しいのがこのストーリーでしょう。これはどう見てもオカルト展開です。同心・内藤新之助が、刀を六蔵のところに預けました。その刀は、毎晩うめき声をあげ、六蔵や直次にはうめき声しか聞き取れないのですが、お初には「小咲村の坂内の小太郎に虎が暴れていると伝えてくれ」という言葉が聞こえました。その刀は刀身も鍔もありふれていて、しかも全く切れないという代物です。そして、とりあえず坂内の小太郎にこのことを伝えようと直次が坂内まで出かけて小太郎を捜しあてます。ここからが、怪奇の世界の展開になってきます。国広の妖刀のいわれは女を巡る因縁話に端を発しています・・・・

 個人的にはこのオカルトタッチの展開はあまり好きではありません。それにどんでん返しも大したことが無いのでやや期待はずれです。ただ、このストーリーで殺される人間の数は中途半端ではありません。そういう部分でもやや大味かなという気がします。しかし、このお初の霊視能力は魅力です。なを、この作品のうち、「かまいたち」、「師走の客」そして「迷い鳩」が茂七親分の活躍するNHKの「茂七の事件簿」に登場しています。で、関連ということで、今日はバックは大岡越前です。