
レベル7まで行ったら戻れない―。謎の言葉を残して失踪した女子高生。記憶を全て失って目覚めた若い男女の腕に浮かび上がった「Level7」の文字。少女の行方を探すカウンセラーと自分たちが何者なのかを調べる二人。二つの追跡行はやがて交錯し、思いもかけない凶悪な殺人事件へと導いていく。ツイストに次ぐツイスト、緊迫の四日間。気鋭のミステリー作家が放つ力作長編。---データベース---
宮部みゆきのメインストリートとでもいうべき本格的推理小説です。1990年に発表されていますから、作品としては最も初期のものになります。長編としては第4作に当たります。これは新装版というもので読みました。文庫本化されてから再び単行本として出されるのですから、広く読み継がれているんでしょうね。2008年の発売です。
初期の段階から、複雑なストーリープロットを持つ作品を書き続ける宮部作品の原点を見るような作品です。文学的香りという部分では夏樹静子の作品に比べて今一歩という感じがしますが、プロローグに於けるさりげない人物の提示は、最後になってああなるほどねという納得の記述です。ここにはラストにしか登場しない人物が既に登場しているからです。こういう登場人物を伏せた展開は宮部みゆきが得意としているところですね。
マンションの一室である男がベットの上で目覚めます。隣には見知らぬ女性、部屋にも見覚えはありません。腕には謎の消えない文字列、いきなり「Level7 M175-a」が登場します。そして、自分に関する記憶が消え失せています。こちらにはその文字に何の先入観もないので、のっけからタイトルが出てくるというのもある意味不気味です。設定としては何となくSFめいたものを感じてしまいます。こういう設定も宮部みゆきがSFを得意とする下地が伺えます。
そして、同時進行で電話相談窓口の真行寺悦子が、「レベル7まで行ったら戻れない…?」と謎のメッセージを残し失踪した女子高生の行方を追います。素人だてらに失踪者の捜索をする女性の何ともたどたどしい様子がちょっとリアルで面白い描写もあり、その小学生の娘のゆかりのちょっとした活躍も光っています。こういう子供の登場のさせ方も宮部みゆきの特徴です。そして、そこには父親がいないという何時もながらの家族構成も見いだせます。
この二つのメインストーリーが章の節ごとに交互に展開されていきます。推理小説の王道ですが、二つのストーリーがやがて一つの凶悪な事件に結びついていくその展開が何ともスリリングです。その関連の仕方も、お互いのストーリーの中に登場する片足に障害のある男が接点となっていることを知るに連れて、読み手になんで?という疑問を植え付けることになります。
そうした中で浮かび上がってくる精神病院の存在。その存在自身が一般読者にとっては何か不気味なものを感じさせますが、それがどんどん大きな存在になっていきます。まあ、ちょっと分かりにくいのが二つの精神病院が出てくるところです。最初に登場するのが「榊クリニック」、これは東京に存在するのですが、これともう一つ仙台に存在する「潟戸友愛病院」。これが4日間に展開する物語に関わっているのですがこれが、いつの間にか切り替わってしまうのがややボケていて分かりにくいものになっている点です。まあ、それさえ理解できればよくもまあこんなストーリーが4日間で進展するものだなぁという気がしてなりません。
ミステリーとしては良く出来た展開で申し分ありませんが、事件が急展開で進んでいくという性質上、どうしても登場人物に感情移入できません。最初は張り切って活躍する真行寺悦子ですが、どうも途中で主役の座を父親に奪われてしまい存在感が薄くなりますし、記憶喪失になっている緒方祐治も今ひとつはっきりとした存在ではありませんし、謎の男三枝隆男も経歴から行って信頼できそうにない部分があってついていけません。まあ、ストーリーの登場人物としては与えられた役割をきっちり演じてはいますが、どうしても脇役です。そんなわけで感情移入できる大将社外内ということがこの作品の唯一の欠点なのかもしれません。ただ、決してつまらない作品ではなく、最後のどんでん返しとそのまたどんでん返しには圧倒されます。そういう意味ではドラマ向きな構成でしょう。1994年に浅野ゆう子と風間トオルの主演でテレビドラマ化されています。でも、印象に残っていないなぁ。
エピローグまでありますが、話の展開としてはやや拍子抜けのする結末で、取ってつけたような悦子の登場は無い方が良かったのかなという気がしないでもありません。そうそう、ストーリーの途中で処女長編の『パーフェクト・ブルー』に登場した、蓮見探偵事務所の蓮見加代子探偵が友情出演しています。何気ない登場の仕方ですが、宮部ファミリーなんだなぁと思わずにんまりしてしまいます。