今夜は眠れない | geezenstacの森

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今夜は眠れない

著者 宮部みゆき
発行 中央公論社 C・NOVELS 

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 放浪の相場師、と呼ばれた男が、なぜか母さんに現金で五億円もの遺産をのこした。サッカー少年の僕と両親、平凡な一家の夏休みに暗雲がたちこめはじめる。お隣さんや、同級生の僕らへの態度が変化、知らない人からの嫌がらせ、父さんは家出―母さんと相場師の間には何があったのか?壊れかけた家族の絆を取り戻すために、僕は親友で将棋部のエースの島崎と、謎の解明に乗り出したが…。---データベース---

 宮部作品には少年少女が主人公になる作品が多いのでしょうか。最初に読んだ「蒲生邸事件」も大学受験に失敗した予備校生でしたし、次に読んだ「R.P.G」も女子高生が大きく絡んでいました。そして、この作品に登場する主人公は緒方雅男、中学1年生。ちょっとませた感じだが、普通のサッカー少年です。その彼が両親の過去を調べるために親友と調査し始めます。相棒は同級生の島崎俊彦。こっちはだいぶ世間擦れしている冷静沈着な少年という設定です。推理力も抜群、おそらく数学はトップクラスの成績じゃあないでしょうか。名探偵になぞらえて、ワトソンとホームズ的な設定になっています。今風なら名探偵コナンと行ったところでしょうか。こんな2人が物語りを引っ張っていきます。この中央公論社版は、「C・NOVELSシリーズ」ですが、講談社版では「青い鳥文庫」に収録されています。まあ、ジュブナイル向けの作品といってもいいのでしょうが、さすが宮部作品だけあって緻密な公正になっており、推理小説としての最後のどんでん返しもぴたっと決まっていて気持ちがいい仕上がりです。 

 さて、本作は、ある平凡な家庭にひょんなことから5億円が舞い込むというお話です。ジャンボ宝くじでさえ3億円ですからね。突然5億ものお金が手に入るとしたら、あなたはどうしますか?家を買う、車を買う、それとも貯金?それが手に入ったら。夢が広がりますね。しかし、こんなニュースはマスコミがほかっておきません。この作品でも、ビックチャンスを見事につかんだ一家は、マスコミの取材、親戚や近所の目、悪戯電話や怪しげな宗教団体からの寄付の要請などなど、散々な目に会うはめになります。ましてや、5億円が転がり込む経緯が経緯だけに、これが原因で夫婦仲が壊れていきます。何しろ冒頭で、父親には愛人がいることがバレバレですからね。ましてや、この手の話題に妻なる母親が気がついていないわけはありません。

 一触即発ってことで、父親は愛人のもとへ走り、残された母親と息子の雅男はしばらく弁護士の紹介でセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越すことになります。そして、雅男自身も本当に自分は父親の子供なのかということに疑問を感じてしまいます。別居状態の家族を元に戻すために、雅男は友人の島崎と共に、こんな大金を遺贈しようとした亡き相場師の真意を解き明かそうと、彼の過去と母親の関係を調べに立ち上がります。

 一介の中学生に何が出来るの?と甘く見てはいけません。そこは小説登場人物のお膳立てとちょいとした仕掛けがストーリーのあちこちにちゃんと仕掛けられています。

 こういうごたごたに弁護士がここまで深く関わるか?中学生らしい発想で話があちこちに飛び、なんで宝石の話なんかが出てくるの、エアー、ライフルの散弾銃の話は何なのよ、という疑問はつきますが、それが一つに収斂していくテクニックはさすがです。

 前半ではさりげなく「大久保清事件」が取り上げられていますし、後半では推理小説らしい誘拐事件も登場します。そして、怪しい人物もいっぱい登場してきます。その一人一人がすべてこのストーリーに関わりがありますから心して読みましょう。某作家のように前半は出てきてそこそこ活躍するのに、後半いつの間にか消えてしまうというストーリーでは決してありません。それにしても、親友の島崎君の活躍には感服します。観察力の鋭さと、けっして焦らない堅実さ。その落ち着いた所作が雅男をパニックに陥るのを引きとめているように思えます。この島崎という存在が、雅男を支えています。

 そして、誘拐事件に関わる最後のどんでん返し。警察も登場しますが、裏をかかれて非常線は突破されてしまいます。まあ、この警察の登場は刺身のつまのような添え物でしかありませんが、その後明らかにされる事実には唖然とさせられます。でも、よくよくストーリーを読み返すと、それなりの伏線はちゃんと張られているんですね。ついつい雅男君の視点でストーリーが進んでいくので我々の目線もそのレベルでとどまってしまいますが、これでは作者の思うつぼです。アンテナを四方八方に張り、一字一句見逃さずに読むと最後の結末が十分納得できます。

 さて、この作品「蒲生邸事件」と同じようにNHKFMで放送されている「青春アドベンチャー」で取り上げられました。御用とお急ぎでない人は、2時間強のこのラジオドラマにおつきあいくださいませ。