エノケンの孫悟空 | geezenstacの森

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エノケンの孫悟空

スタッフ
監督: 山本嘉次郎
製作: 滝村和男
原作: 山形雄策
脚本: 山本嘉次郎
撮影: 三村明
編集: 岩下広一
音楽: 鈴木静一
特殊技術撮影: 円谷英二

 

キャスト
榎本健一 (孫悟空)
岸井明 (猪八戒)
金井俊夫 (沙悟浄)
柳田貞一 (三蔵法師)
北村武夫 (太宗王)
高勢実乗 (奇怪団珍妙大王)
土方健二 (同番兵長斎々)
中村是好 (金角大王)
如月寛多 (銀角大王)
三益愛子 (煩悩国妖々女王)
高峰秀子 (狆々姫)
中村メイ子 (百科辞典の精袖珍)
徳川夢声 (天文博士鰐々居士)
渡辺はま子 (ナイチンゲール金鈴)
李香蘭 (煩悩国香蘭)
藤山一郎 (玄宗皇帝)
その他、エノケン一座総出演。

 

上映時間 142分

 

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 あらすじ  『西遊記』をベースにはしているものの主要登場人物と天竺を目指すという目的以外はかなりアレンジが加えてある。中国人を含む当時の人気スターが多数出演し,内外の様々な文化が引用される大変楽しい映画であり,戦争中なのに最大のメッセージは「殺すな」である。実際この映画は「レビュー映画」という表現の方が相応しく、これほでまでに歌と踊りがエピソードごとに盛り込まれた本格派和製ミュージカルは、戦後は生まれていないだろう。

 

 もう過去の遺物となりつつあるVHSのビデォカセットを整理していたら「エノケンの孫悟空」というタイトルのビデオが出てきました。我が家にあるビデオは1986年の1月2日にNHKで放送されたものでした。エノケンといったって今の人にはピンとこないでしょうが、小生の中では日本の喜劇王としてのステータスがあります。浅草オペラの立役者の一人でもあり、戦前は絶大な人気を誇っていました。もちろん当時のことは生まれていませんから知りませんが、戦後も映画に演劇に活躍しました。ちょっとしわがれた声が魅力的で、独特の歌い回しは喜劇役者としての人格がにじみ出た個性的なものでした。先日紹介した、「ジャングル大帝」でのサンヨーのCMもその一つです。

 

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 さて、この「エノケンの孫悟空」東宝の作品で、公開は1940年です。昭和で言えば15年、日中戦争の最中で,大政翼賛会創設や日独伊三国同盟締結の年の作品です。タイトルこそ「孫悟空」ですが、東宝らしく実にモダンにアレンジして、とても翌年にアメリカと戦争するなど考えられないようなミュージカル映画なのであります。驚くべきはその楽曲の数々!!劇中様々なジャズソングの替え歌が歌われるのですが、もちろん原曲はアメリカ産。中でもディズニー作品から「星に願いを」の替え歌が使用されていたのには本当にビックリした。あの曲に「おとぎの国の~夜中は昼間~さあさあみんなで遊ぼ~」という歌詞をつけて歌っているのです!さらには、三匹の子豚の『オオカミなんか怖くない』、白雪姫の『七人のこびとの歌』など、当時のディズニー映画から拝借したものだらけなのです。もちろん「星に願いを」は、有名なディズニー映画「ピノキオ」の主題歌。しかも「ピノキオ」は本国アメリカで同年封切りされたばかりの最新作で、日本で正式に公開されたのは戦後なのですから。音楽の担当には鈴木静一の名前があります。晩年はマンドリンという楽器のために精力的に作品を書いた作曲家で、この時代には映画音楽も手がけていました。この映画の中で使われているオーケストラ作品は彼の手になるものです。演奏はP.C.L管弦楽団のクレジットがありました。

 

 

 

 映画は冒頭からミュージカル仕立てで始まります。日劇ダンシングチームの華麗なレビューシーンや特撮シーンなんかもふんだんに挿入されています。もうすぐアメリカと戦争が始まるって時代によくぞここまで華やかにというぐらい豪華!評論家には「中身のない映画」とボロクソだったらしいが大衆には大歓迎されたようです。みんな、娯楽に飢えてたんだね。娯楽に徹した作品ながら時勢を考慮した描写もあります。孫悟空と言えば「筋斗雲」ですが、ここでは如意棒を「イー、リャン、サンッ」のかけ声で変化させるのは戦闘機なんですね。後半ではこの戦闘機で敵の戦闘機とのドッグファイトもあります。後半の、スズメが化けた妖怪たちのお城には40インチクラスのモニターまで設置されており、城内の映像が映し出され監視に使われていた。もちろん当時そんなサイズのブラウン管があろうはずもなく、単なる合成なのだがその特撮を担当したのが後に日本特撮の大家となる円谷英二だけあって様々なアイディアが見て取れる。こういう特撮シーン、スタッフの中に特殊技術撮影に円谷英二の名が見えるのは驚嘆に値します。

 

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 それとは別に、はぐれてしまった猪八戒を捜すために三蔵法師が手鏡にえいっと念を送るとそこに捕らえられ縛られた猪八戒の姿が映し出され、孫悟空が「こりゃあ大した術ですね」と感心すると、沙悟浄は「兄貴、遅れてるなぁ。これはよぉテレビジョンっていうんだぜ」とからかうシーンがあります。1939年にNHKがテレビの実験放送公開を始めたそうだから、最先端のネタを盛り込んだようである。テレビの実用化なんてその年から13年後の1953年ですからなんという先取り感でしょう!

 

 ミュージカル映画の側面を持つこの映画、浅草オペラの名に恥じない内容で、有名なオペラのアリアもふんだんに登場します。金角銀角のくだりはSF仕立てで,金角銀角科学研究所に紛れ込んでしまった悟空一行が,最新科学兵器のオペラガスなるものを噴射されると途端に,「わたくしはー,何だかー,オペラが歌いたくなったー」とオーケストラ伴奏の大仰なレチタチーヴォ,続いて浅草オペラの舞台にタイム・スリップすると,ここから先は浅草オペラのメドレーで,「女心の歌」「フラ・ディアボロの歌」「恋はやさし」「闘牛士の歌」「君よ知るや南の国」「ハバネラ」「乾杯の歌」とかたっぱしから歌いまくるのです。なんとも愉快な浅草オペラへのオマージュになっています。

 

 唯一この映画の中の曲がアップロードされていました。猪八戒が一目惚れした女を思うシーンに流れる曲です。歌は李香蘭です。

 子供だましのようなストーリー展開ですが、これを国産の「ザッツ・エンタティメント」として観るならばこんな楽しいミュージカルはありません。制作が昭和15年ということで時代背景を読み取りながら鑑賞するとなかなか興味深いものがあります。