危険なアルゲリッチの限定盤 |
曲目/
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第5番Op.24「春」*
1. Allegro 9:42
2. Adagio Molto Espressivo 6:05
3. Scherzo. 1:20
4. Rondo 6:44
シューマン/子供の情景Op.15
5.見知らぬ国と人々について Von fremden L??ndern und Menschen(ト長調) 1:50
6.不思議なお話 Kuriose Geschichte(ニ長調) 1:04
7.鬼ごっこ Hasche-Mann(ロ短調) 0:28
8.おねだり Bittendes Kind(ニ長調)
0:59
9.十分に幸せ Gl??ckes genug(ニ長調) 1:02
10.重大な出来事 Wichtige Begebenheit(イ長調)
0:48
11.トロイメライ(夢) Tr??umerei(ヘ長調) 2:55
12.暖炉のそばで Am Kamin(ヘ長調) 0:50
13.木馬の騎士 Ritter vom Steckenpferd(ハ長調) 0:35
14.むきになって Fast zu ernst(嬰ト短調) 2:00
15.怖がらせ F??rchtenmachen(ホ短調) 1:32
16.眠りに入る子供 Kind im Einschlummern(ホ短調) 2:23
17.詩人は語る Der Dichter spricht(ト長調) 2:21
ラヴェル/ピアノ協奏曲ト長調
18. Allegramente 8:46
19. Adagio Assai 9:34
20. Presto 3:51
ピアノ/マルタ・アルゲリッチ
ヴァイオリン/ギドン・クレーメル*
指揮/クラウディオ・アバド**
演奏/ロンドン交響楽団**
ヴァイオリン/ギドン・クレーメル*
指揮/クラウディオ・アバド**
演奏/ロンドン交響楽団**
録音/1987/03* イエス・キリスト教会、ベルリン
1983/04 ミュンヘン
1984/02 ロンドンP:ハンノ・リンケ
E:クラウス・シャイベ
E:クラウス・シャイベ
DGG 431 254-2

売れ行きが悪いCDを「限定盤」というえさでつり上げようとしている昨今の業界ですが、このCDが発売された頃はサンプラー的な性格を持った限定盤でした。90年前後までは、日本と違ってヨーロッパはCDの普及が芳しくなかったと見えて、このての販売戦略が目立っていました。このCD、タイトル通りのマルタ・アルゲリッチのサンプラーCDです。そうはいっても、日本のサンプラーとは違って惜しげも無く当時の新録音をつぎ込んでいます。
ジャケットとの記載順とは違い、CDのトツプには当時の最新録音のベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタが収録されています。ヴァイオリンが主役の曲なのになんでこの曲がアルゲリッチのサンプラーに収録されるのかやや不思議な気がします。でも、まあこのコンビのヴァイオリンソナタの録音の第1集となる録音は1985年のレコードアカデミーを受賞しています。そんなこともあってのひけらかし的お披露目なのかしらと思ってしまいます。ちなみに小生はこの第1集は持っていません。で、聴き始めるとやけにピアノが目立っているではありませんか。そうか、これはやはりアルゲリッチを聴くために収録されていたんだと納得してしまいます。肝心のヴァイオリンは、クレーメルの軋んだキコキコ音で美しく気持ちいいはずの音楽がどうもすわりの悪い演奏になってしまっています、こんな印象は小生だけかしらと、ネットの評判を探してみたらやはり、意見がまっぷたつに分かれているようです。個人的には二人の音楽性のベクトルが全く違うような気がします。ピアノはピアノで勝手にやり、ヴァイオリンは我が道を行くというスタンスで演奏しているような気がします。この演奏を聴くと癒されるというよりはむしろ疲れてしまうのは小生だけでしょうか。なぜ、この曲がアルゲリッチのサンプラーに収録されたのかはやはり理解できません。確かに個性のぶつかり合いはすごいものがあります。第3楽章がその最たるものでしょう。アルゲリッチの強力なテンションのピアノの響きに、クレーメルのヴァイオリンはアフタービートのような入り方で微妙にずれています。これで音楽が進んでいくのですからある意味すごいです。これは、絶対この曲のファーストチョイスの演奏ではありません。
2曲目に収録されているのはシューマンの「子供の情景」です。ここでのアルゲリッチは自由奔走なアルゲリッチの面目躍如たる演奏を繰り広げています。ここではシューマンの描いた「大人の視点から見た子供の持つファンタジー」を表現するのではなく、アルゲリッチ自身が童心に戻って音と戯れているような演奏です。そういう点で目から鱗の演奏といってもいいでしょう。ですから、表現自体は自由奔放というイメージで、「第1曲:知らない国ぐに」からして比較的ゆっくりしたテンポで弾き、この作品の中に没頭していく有様が目に浮かびます。これも、ファーストチョイスではありませんが、この演奏は説得力があります。実際、全曲を通して穏やかな演奏であり、アルゲリッチの純粋性が感じられます。特に「トロイメライ」のこぼれるような音の紡ぎ方はあまたの演奏の中で光っています。
伴奏もの、独奏ものの次は共演ものとしてラヴェルのピアノ協奏曲が収録されています。このCDの最大の聴きものはこのアバドとの2回めの録音となるこの演奏がピカイチでしょう。アルゲリッチとアバド&ベルリンPOの67年録音は、オケの名人技はさすがですが、アルゲリッチが若すぎてまだまだ勉強不足という感じがします。しかし、このLSOとの録音では両者が対等の立場に立って、丁々発止の掛け合いが見事です。アバドはこの時期ロンドン交響楽団の音楽監督時代で、プレヴィンの後を受けての黄金時代を築いています。そういう、バックを受けてのアルゲリッチはきわめて色彩色に長けたカラフルなピアノを披露しています。時として激情型の演奏を展開するアルゲリッチですが、ここではそれがうまくかみ合って第1楽章なんか、ラヴェルの極彩色のバレットにラテンのパッションをバランスよく取り入れた才気あふれる演奏です。
これとは全く対照的なのが第2楽章です。ここは詩情あふれる表現で、まるで異次元の世界に飛び込んだかのような演奏が展開されます。これがラヴェルの世界?という感じです。どことなくサティの雰囲気が漂っています。中間部で現れるコールアングレの響きに絡み付くようなピアノのきらきらとした輝く音色が何とも言えない雰囲気を醸し出しています。この対比は絶妙でしょう。
そして、ゴジラが暴れ回る第3楽章。アルゲリッチのピアノも自由自在にラヴェルの音楽の中を駆け巡ります。ジャズやブルースのイディオムまでもつぎ込んだこの作品。アルゲリッチのピアノはそういうものをすべて取り込んだ上で、見事にラヴェルの意図した世界を表現し、クラシック作品として昇華させています。
こういう演奏なら、さすがアルゲリッチと拍手喝采になるのですが、この限定盤、やや焦点がぼけてしまっているのが残念です。そんなことで、小生のライブラリーの中では危険なCDリスト入り第1号です。ちなみにこのCD、ネットで検索しても引っかかりません。やはり、抹殺されているのでしょうか。
さて、実演ではこんな組み合わせの演奏もあるんですね。元夫婦の華麗なる共演です。