アバドの「春の祭典」「ペトルーシュカ」 | |
「春の祭典」1947年版 15:23 17:40 計 33:03
第1部 大地礼讃
1.序奏 3:10
2.春のきざしと乙女たちの踊り 3:09
3.誘拐 1:19
4.春の踊り 3:40
5.敵の都の人々の戯れ-賢人の行列-大地へのくちづけ 2:56
6.大地の踊り 1:15
第2部 いけにえ
7.序奏 4:16
8.乙女たちの神秘なつどい 3:20
9.いけにえへの讃美 2:17
10.祖先の呼び出し-祖先の儀式 3:17
11.いけにえの踊り 4:40
「ペトルーシカ」1911年版*
第1景
12.謝肉祭の日-手品師の芸 7:14
13.ロシアの踊り 2:45
14.第2景:ペトローシュカの部屋 4:20
第3景
15.ムーア人の部屋-バレリーナの踊り 3:22
16.バレリーナとムーア人のワルツ 3:03
17.第4景:謝肉祭の夕方-うばの踊り-御者と別当の踊り-仮装した人々 13:41
指揮/クラウディオ・アバド
演奏/ロンドン交響楽団
ピアノ/レスリー・ハワード*
演奏/ロンドン交響楽団
ピアノ/レスリー・ハワード*
録音/1975/02
1980/09/29,30* ウォルサムストウ・タウン・ホール ロンドン
P:ライナー・ブロック
E:ギュンター・ヘルマンス
クラウス・ハイネマン*
1980/09/29,30* ウォルサムストウ・タウン・ホール ロンドン
P:ライナー・ブロック
E:ギュンター・ヘルマンス
クラウス・ハイネマン*
同胞社出版 DGG GCP-1044

これも市販品ではなく、本や経由で流れた同胞社出版の「グレート・コンポーザー」シリーズの一枚です。このシリーズは、後のバッタもんの演奏によるものよりは極めて質の高い録音が使用されていました。音源は当時のポリグラム(現ユニヴァーサル)が提供していましたからね。でも、組み合わせは独自でこういうカップリングはこのシリーズでしかありませんでした。
特に「春の祭典」はアバド42歳の時の若々しい録音です。この曲は昔から名演が多く、またオーディオ的にも聴き映えがするので激戦区です。ステレオ初期の頃は、マルケヴィチ/フィルハーモニア管弦楽団の演奏が一世を風靡しましたし、大御所のモントゥー、アンセルメなんてのもよく聴かれていました。ブーレーズなんか初期のコンサートホール盤から凄い演奏を聴かせていましたし、メータ/ロスフィルもレコードアカデミーを取って気を吐いていました。個人的に映像で最初に「ハルサイ」を視聴したのは、ディーン・ディクソン指揮のNHK交響楽団の演奏でした。彼は黒人のアメリカ生まれの指揮者で、その彼の指揮する演奏は妙に原始のリズムがマッチする演奏で、視覚的にもインパクトがあったのを覚えています。
そういう中に、颯爽と登場したのがこのアバド/ロンドン盤です。ロンドン響とのセッションは首席客演指揮者になった年の録音になる「火の鳥」の方が早いのですが、話題盤としてはこの「ハルサイ」でした。イタリアの俊英が精妙にリズムを組み上げた「春の祭典」はその鮮烈な響きと供に全体がドラマチックな表現で一躍注目されたものです。
第1部の冒頭のファゴットからさらりとスマートな開始です。アバドはこの木管楽器の響かせ方に特徴があり、一般には金管の派手さばかりが目立つ「ハルサイ」が多い中で、ここに軸足を於いた演奏を展開しているので全体が締まって聴こえます。ロンドン響はさすが名門で弦のアンサンブルはなかなかキレのよい響きを聴かせます。聴き所の「春のきざしや誘拐」も速めのテンポでダイナミックに突き進んでいきます。ただ、今改めて聴くと、切れ味の割に金管の響きは所々破綻しています。「賢者の行列」のホルンはいまひとつ揃ってないのと、その後の金管のかけあいの箇所が意外に不安定な演奏なのが気になりました。まあ、その後の「大地の踊り」は実にスピード感あふれる迫力があります。
第2部でも序奏は丁寧な表現で、木管と弦の掛け合いもバランスのとれた美しい響きを聴かせます。一転、「いけにえの賛美」ではティンパニの11連発が実に引き締まった鋭い響きを聴かせます。「祖先の儀式」でも木管の響きが幽玄で神秘的です。後半は金管の咆哮の切れ味もいいし、タムタムがよく利いてます。ここからラストの「いけにえの踊り」はティンパニの量感のある連打で盛り上がり、終結に向けて力感のある響きを聴かせます。アバドの演奏はブーレーズの演奏に通ずるところがあり、何処かクールなイメージです。しかし、オーケストラを無機質に鳴らすのではなく中心線を木管に置いているので耳障りのいい音楽に仕上がっている様な気がします。
後半の「ペトルーシュカ」は1980年の録音でこちらはデジタルでの収録になっています。したがって、三大バレエの中では録音が一番新しく、たんに聴こえてくる音だけで判断するならこれが一番リッチで絢爛たる響きがします。最新録音に比べてもさほど遜色ないと思えるほどです。演奏についてもこの曲の持つ繊細でコケティッシュな部分の描写にはもってこいのタッチで収録されています。ところが、1911年版と書いてありますが、明らかに1947年版を参照したとしか思えないところが随所にあり、非常に珍しい録音でもあります。これは受け売りの部分もありますが、「諸井誠のクラシック視聴室(音楽之友社)」から一部引くと、「第4景。「乳母の踊り」の中でロシア民謡「Akh vy sieni, moi sieni」が引用されるこの旋律の出で、11年版は民謡通りの上拍を用いており、47年版は冒頭の八分音符の代わりに八分休符を置いているが、アバドは後者に従っている」てな具合です。アバドはしばしば原点楽譜に当たってそれを採用するという録音を行なっていますが、このペトルーシュカに限ってはいいとこ取りをしたようなところがあるのは見え見えです。
ということで、この「ペトルーシュカ」は唯一無二のバージョンによる演奏ということで貴重です。演奏時代は、曲の骨格をがっちりと表現しつつ、アバドらしく律儀なほどに克明さも追求し、トラディショナルな旋律部分は思い切りよく歌うという感じで音なかなか聴かせてくれます。今となっては30年前の「ペトルーシュカ」演奏としては、ほとんど満点に近い演奏だったのではないでしょうかね。
ところで、ここでピアノを弾いているレスリー・ハワードはイギリス・リスト協会会長をやっている人で、リストのピアノ曲及びピアノとオーケストラの作品をすべて録音してCDで発表するという、とてつもない事を完遂している巨匠です。こういう人物がピアノを受け持っているのもこの演奏の聴き所のひとつかもしれません。