
日常生活に悪戦苦闘する、まじめであるがゆえに滑稽に映る、そんな親しみあふれる主人公たちを描いた生活喜劇。表題作ほか、「猫の額」「家内安全」など11編を収める。---データベース---
この小説集、文庫本化されてないのかな?と思ったらタイトルが変更されていたんですねぇ。文庫本は、収録されている作品から「間違いだらけのビール選び」というタイトルが選ばれています。で、収録順も入れ替えられているという事になっています。まあ、こういうタイトルでは、無関係ではないのですが、テレビ番組かなんかの関連本としか捉えられなかったんでしょうね。 (^_^;)
で、この本の収録順は以下の通りです。
猫の額 「週刊小説」1996年7月19日号
間違いだらけのビール選び 「週刊小説」1996年9月27日号
雨 「週刊小説」1996年11月22日号
家内安全 「週刊小説」1997年1月24日号
空白の頃 「週刊小説」1997年3月21日号
二人の女 「週刊小説」1997年5月16日号
ブラッド・ゾーン 「週刊小説」1997年7月19日号
私の中の別人 「週刊小説」1997年9月5日号
青空の季節 「週刊小説」1997年10月31日号
島の一夜 「週刊小説」1997年12月26日号
本番いきま~す 「週刊小説」1998年2月20日号
間違いだらけのビール選び 「週刊小説」1996年9月27日号
雨 「週刊小説」1996年11月22日号
家内安全 「週刊小説」1997年1月24日号
空白の頃 「週刊小説」1997年3月21日号
二人の女 「週刊小説」1997年5月16日号
ブラッド・ゾーン 「週刊小説」1997年7月19日号
私の中の別人 「週刊小説」1997年9月5日号
青空の季節 「週刊小説」1997年10月31日号
島の一夜 「週刊小説」1997年12月26日号
本番いきま~す 「週刊小説」1998年2月20日号
あとがきによると、各短編の主人公の名前は、清水義範が出演したNHKの番組のスタッフの名前が使われているということです。この清水氏が出演していた番組は「ことばてれび」という番組で平成7、8年に放送されたものです。玉谷邦博、恩蔵憲一、濱中博久、渡辺幹雄、小嶋裕子、加治木美奈子、佐野剛平、杉戸清樹、山本和之、山口勝という人物が登場します。この中で、山口勝アナウンサーがこの小説集についてブログで紹介しています。関連箇所を抜粋すると、
十年ほど前、アナウンス室制作の「ことばてれび」という番組がありました。当時私はその制作スタッフ。清水義範さんは、視聴者から寄せられることばの悩みに答えるレギュラーゲストでした。平成7、8年と続いた番組が終了する際、清水義範さんから我々スタッフにうれしいお申し出がありました。「みなさんの名前を拝借して、小説の主人公の名前に使っても良いでしょうか?」。もちろん一同大喜び。かくして「間違いだらけのビール選び」には、玉谷邦博、恩蔵憲一、濱中博久、渡辺幹雄、小嶋裕子、加治木美奈子、佐野剛平、杉戸清樹、山本和之というアナウンサーやスタッフ・レギュラーゲストの名前が主人公として登場することになったのです。 番組から十年。今年の初夏に「ことばてれび」の同窓会が開かれました。なにかとお忙しい先生方、転勤の多いNHK職員ですが、幸運にも十年後の再会がかなったのです。 話題はもちろんくだんの小説です。清水義範さん曰く、「名前はお借りしましたが、皆さん自身を主人公にしたわけではありません。あくまでもその名前・文字から受ける印象、イメージをふくらませて人物像やストーリーを考えていった小説です。人間性などは全く関係ないんですから」。そうでしょう、そうでしょう。殺人事件の容疑者の「なまえ」になった先輩もいるのですから、清水さんはまずそうことわらざるを得ないでしょう。ところが、作品を読んだ「なまえ」一同は、それぞれ、とどことなく、自分と似たところがあり、清水さんの鋭い観察力によって見透かされてしまったような、恥ずかしいような、くすぐったいような感じを受けていたことを白状せずにはいられませんでした(殺人を白状した人はいません)。「空白の頃」の山口少年もしかり。清水さんに言った覚えは全くないのですが、横浜南部に住む、目をぱちくりするくせを持つ少年なんて、まったく私自身でした。
http://www.nhk.or.jp/bs/fc/col/wed50824.html ← 全文はこちらです。
こういう試みから生まれた作品集ですが、清水氏の鋭い観察眼が偲ばれます。作者本人は、さすがに本名では登場していませんが、ストーリーを追えばこれが作者のことを扱った一編だなということは直ぐ分かります。まあ、そこからこの本のタイトルがとられたと考えればいいわけですが、趣旨からいってこの「本番いきま〜す」はイレギュラーな作品なのかなとも思えるわけです。
しかし、そういうお遊びの部分は、作者のあとがきを読まなければ分からないところで、文庫本化に際してはその切り口は無視したところから付けられたタイトルなのでしょう。ましてや、データベースの紹介文もそういうことにはいっさい触れていません。ですから、人間の生活シーンの風景を鋭い観察眼で切り取ったいつもの清水義範の作品という事でも良いわけです。そういうことで、読者の関心を引き易い「間違いだらけのビール選び」が文庫本のタイトル作品に選ばれたのでしょうね。
人の名前からイメージを膨らませて綴られた小説集、小生にとって一番面白かったのは「雨」という作品でした。先の紹介文にも殺人を白状云々ということが書かれていますが、この小説、友人に別荘を貸したことはいいのですが、それがよりにもよって雨の酷い日だったということで、主人公は気が利ではありません。主人公は離婚して独り身、そんなことで暇なときは気軽に友人に別荘を貸していました。普段なら問題ありません。よりにもよって、その友人に貸すときは雨の日が多いのです。そして、今回はかなり酷い雨です。友人は雨男なんでしょうか。せっかくの子供を連れてのバカンスがこれでは台無しです。そういう心配をして、電話を入れてみます。するとやはり雨が酷くて、駐車場になっている裏山が土砂崩れを起こしたという報告が飛び込んできます。そして、車が埋まってしまったというのです。地元の消防団の人が来て掘り起こしを手伝ってくれます。警察も来ています。そんな時、崩れた土砂の中から人間の死体が出て来るのです。そうなんです、平凡な生活シーンの小説がいっぺんにサスペンスに変わってしまうのです。
この最後の僅か数行での大どんでん返し、実に見事です。小説はそこで終わるのですが、サスペンスと思って読み返すと、主人公の雨に対する呪いが最初から不安と供に書き綴られていることが改めて分かります。うーん、裏の深い一編です。
ほとんどがユーモア小説なのですが、怪奇スリラーともいうべき「ブラッド・ゾーン」も傑出しています。友人から貰ったアサシンジウムというランの一種に潜んでいたマダラドウクツブユという昆虫が持たす恐怖。主人公はその虫に刺されてしまいます。
ノスタルジックな昭和の30年代の平和な日々を、二人の男女の倹しやかなデートで淡々と綴る「青空の季節」なんかも、魅かれる作品です。他愛の無い青春時代の鮮やかな1ページが記憶の中に蘇ってきます。
ちなみに、かの山口氏が登場するのは「空白の頃」です。